「もしかして、ヒロト?」

聞き覚えのある声に振り返る。俺だとわかった途端にぱあっと顔を輝かせるひとりの少女がいた。名前はすぐに思い出せた。みょうじなまえ、雷門中の2年生。

「やっぱり!久しぶり、元気だった?」

明るくはきはきとしたしゃべり方は相変わらずだ。今の今まで気難しい顔をしていた俺だけど、駆け寄ってきた彼女に思わず笑みがこぼれる。

「うん、まあまあ、ね。なまえは?」
「わたしも元気だったよ!」
「そっか」

彼女とはじめて会った時のことを、俺は昨日のことみたいにはっきりと覚えている。雷門中のフェンスに指をかけ、紅白戦を行っている雷門のサッカー部を熱い眼差しで見つめていた彼女。たまたま敵である雷門の様子を見に行って、彼女を見つけた俺はなんとなしに声をかけたのだ。サッカー好きなの、と。そしたら返ってきた、サッカーしてる彼が好きなの、という言葉に酷く面食らって。彼女が想いを寄せる相手はすぐにわかった。太陽のように眩しい彼。

「あれから、円堂くんとは進展あった?」
「え、まさか!ぜんぜんだよ、そんなの。っていうかやっぱり恋とかじゃなかったみたいなんだ」
「そうなの?」

苦笑する彼女をよそに、俺は少し、よかった、なんて思ってしまった。…なにがよかった、なんだか。自分でもわかりかねる。俺はあの時から彼女のことを気にしすぎている。現に今だって、また会えて嬉しいと喜んでいる自分が確かにいた。

「守は優しいし、いい子だけどさ、それは誰にでもおなじっていうか。だからさ、わたし勘違いしてたの。彼の特別な女の子になりたいとは思わなかったんだ」

彼女の言ってる意味はあんまりわからなかった。そういえば姉さんも前、女の子は恋愛事になると男の子にはわからない難しいことを考えるものなのよ、などと言っていた。姉さんは長い睫毛を伏せて、どこか楽しそうな雰囲気を漂わせていた。もしかしたら姉さんはあのとき、恋をしていたのかもしれない。敵同士になってしまった今としては聞きようがないけれど。

「ヒロト、今日はどうしたの?前みたいにサッカー部見にきたの?」
「いや、今日は」

なんと言うべきか迷ってしまった。正直言って、もうヒロトと呼ばれるのは辛い。俺はこの前円堂くんに、自分がエイリア学園マスターランクチーム・ジェネシスのキャプテン、『グラン』であることを告げてしまった。父さんの計画の最後の敵となるであろう雷門に宣戦布告したのだ。もう後戻りできない。もとよりする気などなかったにしても、もう、お日さま園の『基山ヒロト』には戻れないのだ。

「ただ、稲妻町を歩いてみたくなって。君は?」

今いる場所はにぎわう商店街だから、そう苦しい言い訳でもないと思う。確かに今から雷門中に向かおうとしていた。ガゼルが彼らと試合をしたがっていたから、その様子を見に。まだ時間はあるが、バーンとおちあう約束もしている。もっとも、彼はダイヤモンドダストと雷門の一戦などどうでもいいらしく、かなり不本意そうにしていたが。

「わたしは買い物しに来たの。そうだ、ヒロトさ、よかったらいっしょに見て回らない?」

すこしだけ首を傾げてそう言う彼女は素直に可愛い。時間はあるし別にいいかと思い、いいよと言おうとしたけれど、自分の立場を思い出す。そう、彼女は雷門の生徒。サッカー部ではないが、敵といえば敵なのだ。父さんに期待されている俺が、そんなこと、許されない。黙りこくってしまった俺を見て、なまえは躊躇いがちに「ヒロト?」と俺の本当の名前を口にする。呼ばないで、お願いその名前で呼ばないで。俺は、ジェネシスのグランなんだ。そして君は雷門の生徒だ。俺たちは敵なんだ。やめて、やめて、だってもし俺が君を


『好き』になったらどうするの、


「ごめん、実はこのあと友だちと会う約束してるんだ」
「あ、そうなんだ!ごめんねなんか」
「いや、いいんだけど…、俺こそごめんね、せっかく誘ってくれたのに」
「ううん、気にしないで!」

にこり、笑う彼女はやはり眩しくて、目がくらむような感覚に襲われた。…、すべての枷を捨て去って手を伸ばせたらどんなにいいだろう。宇宙人なんかじゃない、グランなんかじゃない、基山ヒロトを、俺を、彼女は好きになってくれるだろうか。彼女は俺の特別な女の子になりたいと思ってくれるだろうか。彼女がもし本当に円堂くんを好きになってしまっていたら、敵うはずはなかった。でも、じゃあ今は。

「それじゃ、俺そろそろ行くね。バイバイ、なまえ」
「うん、またね、ヒロト!」

彼女は前も、『またね』と言ってくれた。それは単なる社交辞令なのか、それとも本心からの言葉なのか。俺にはわからない、わからないけど、期待してしまう。次があるんじゃないかと思ってしまう。
いけないことなのはわかっている。なのに、止められないこの感情。おそらく、彼女にはじめて会った日から、俺は。





僕の律背反
20100510











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