「すーずの」
ふわふわの髪はぴくりとも動かない。6時間目が始まったあたりからずっとこの調子。ホームルーム中も掃除中も爆睡をかまして、チャイムが鳴ったあとも彼は机につっぷしたまんま。具合でもわるいのかと心配になって耳をそばだててみたら、すうすうと健康そうな寝息がきこえたのでどうやらそういうわけではないらしい。
彼の前の席であるわたしは、イスにうしろ向きにすわって、起きる気配のない彼を眺めていた。テスト前だからクラブはない。が、彼の属するサッカー部は試合が近いからとかなんとかで練習があったはずだ。フォワードで主力のひとりである彼なのに行かなくていいんだろうか。
「涼野」
耳のそばで少し大きな声で呼んでみた。肩がほんのちょっと跳ねる。おお、反応あった。なんだか楽しくなったので、もっと呼んでみる。
「涼野くん、涼野くん、涼野くーん、涼野、涼野ー、ふうすけく」
「うるさい」
ぴしゃりと冷たい声がした。教室をみまわしても、わたしと涼野以外だれもいない。…ということは、今のは彼の声なんだろうけど。見下ろしてみても彼はさっきとなんら変わりなくつっぷしたままで、あ、なんだ空耳か、と思った。
「すずの――おきろ――」
「起きてるよ」
空耳じゃなかった。
「…練習行かなくていいの?」
「いい」
「どうして」
「ここにいたい」
「そうなの?」
「ああ」
「なんで」
「君がいるから」
「へ」
「すきなんだ」
「…え、もっかい言って」
「寝言だよ」
言ったっきり狸寝入りを決めこんでしまった涼野。あつくなった頬を手の甲でおさえて、ゆるんでしまう口元に必死で力をいれた。ああ、もう。
「わたしもすきだよ。だいすき」
涼野はあいかわらず反応をしてくれなかったけど、色素の薄い髪からのぞいてる耳が真っ赤に染まったのがおかしいやらかわいいやらで。
放課後ワンタイム
20100508