まるで少女のような恋をしている、と思う。盲目的に慕い、焦がれ、ゆめをみて、勝手に燃え上がり勝手に冷める。そのくせ後から羨ましくなってしまうくらいに透明で、真っ直ぐで、たまらなく不器用な。相手の一挙一動にいちいち反応してしまってからまわるような。そんな自分勝手な恋を、している。

 その恋を自覚するたび、あふれ出る笑みを抑えることが出来ない。何とおれに似合わない感情だろう、そう思うと共に、けれども悪くないと思ってしまうのだ。身を焦がすのも悪くない。だってひとり、恋に落ちていても毎日は甘い。
 少女の恋なんてそれこそ、恋に恋をしているようなものである。そこには自分しか居ず、相手を模した誰かさえ存在していれば簡単に成立する感情なのだ。

 きっかけなんてきっかけだ。勝手に落ちて、ひとりで恋愛。稚拙な感情。

 それだけならばまだ良かったのだろう、と、思う。きもちをきもちのまま、どうすることも出来ずに弄んでいたうちならばもっとじょうず出来ただろうし、思い出したときに柔く愛でるだけのような、そんな自分勝手な恋で終わっていたのだろうから。
 否。終わらせても、貰えなかっただろうか。

「・・・・・・どうなんだろう?」

 沈黙が落ち、嫌がるように首を振った涼太が搾り出すような調子でそう言う。
 僕の恋のはなしを、ときに頷きときに促しことばを挟んで補足して、僕がはなしやすいようにしるべを立ててくれた舌も今はおとなしい。

 涼太は黙ったまま手持ち無沙汰にてのひらのなかでペットボトルを弄ぶから、未だ液体の満ちたうすいプラスチックはたくたくと音を立てて透明の中で気泡がくゆる。
 くゆり、のぼる。飲み口にすいこまれていった軌道を見送れば、ちょうど、涼太がくちをつけて液体をのみこんでいるところだった。確か、珍しくもスポーツドリンクを買っていたっけ。

「、うん。きっと赤司っちは、巧妙に隠し通してるんスよね」
「だと、良いが」

 いつもの調子でいられない、と言うことが、どれだけ僕を乱すのかを知ったのははじめてのことだったのだ。はじめて知って更新されないまま、ずうっと、長い間、思うよりも焦がれるようにして。

 もとめている、とは違ったが。

 どこか遠くを眺めるように涼太が目を細めるから、つられて顔を上げるけれども目に映るのは日の沈みかけた景色ばかり。
 とんと暗くなるのがはやくなったな、そんなことを思いながら薄暗い空を眺める。街灯はまだ影を落としたままだ。

「寒くなって来たっス、ねえ」
「ああ」
「冬だ」
「そうだな」
「夏も、冬も、きらいっス」

 恋をしている。と言っても、それに満たないほどの稚拙な感情で満たされた何かだ。自分の扱い方となるとてんでわからなくなる僕のこと、きっと指差し笑われたって仕方のない恋愛をひとりで繰り広げているに違いないのだ。
 浮き、沈み、くゆり、のぼる。そんな。

「赤司っちはそのひとと、どうなりたいとか。あったりするんスか?」
「・・・・・・・・い、や。無い。恋をしている、思うだけで終わりだ。だから何がどうすることも無い」
「ふうん、」

 本当に少女のようだ。感情のやり場ばかりを求めて、結果や行き先をどうにも決めかねている。
 気泡はのぼれば消えるけれど、たとえばこんな感情は、いつ消えるってんだろう。

 涼太はやっぱり静かなまま、毒々しい黄色の髪でめもとを奇麗に覆い隠して何も含んでいない筈のくちびるをうにゃりと動かしている。ともすればいいあぐねているようにも見えるそのしぐさも僕と良く似た未完成な稚拙さで、どうにも出来ないな、思いながらかたちの良い輪郭を眺める。
 うまく象をむすばない視界だった。あたりがこうも暗い、からだろうか。

「ほんとうに、おんなのこみたいな恋のしかた」

 語尾は笑みに溶けていた。けれど、ばかにするような調子ではない。仕方ない子だねえと笑むような、そんな柔らかさに満ちた口調である。
 慣れない語られ方に少し身じろぎ、腰掛けているベンチの直線上少しだけ距離を取ればそれに気付いたらしい涼太が僕を見て、やはりこどもでも見るかのような柔らかい目をして軽く笑みを深めた。ああ、どうにも出来ないな。

「おまえはどんな恋の仕方をすると言うの」

 ペットボトル。空中三回転。奇麗な放物線を描き真上に飛び上がったその細長いシルエットにゆびさきが絡みつき、またもとあった腹の上に収められる。揺すられたらしい中身は泡だらけになっていて、沸いた先から消えていく気泡はそれでも際限がなかった。

 どんな?
 語尾は笑みだ。それも、自嘲的な。

「おれの恋のしかたっスよ。すきなこが欲しくて、いろんなことしたいしして欲しいけどでもどうにもなんないから、じっと見てる。見て、好機をうかがう。いつ奪ってやろうかって」

 ぞくぞくするよね。その、挑発的なことばでさえ、やっぱり自嘲気味に歪んだ笑い声がちりばめられた口調だった。だって怖いほどに笑顔が美しくまとまっている。つくりものめいて、のっぺりと。
 つくりものなのだろうか。涼太は昔から、そう言うところがあったから。

「赤司っちが隠す限り、赤司っちに想われていることにそいつは気付かない。気付いていないまま、後から後悔する。っは、・・・・・なあ、あんた、そんなことをさせようとしていたの」

 目の前の対象がうまく象を結ばない。今見ているこいつは、果たして黄色だったか別の何かだったか。
 我ながら今回は失敗した、ようだ。涼太ではない他の誰かに恋の話をするべきだったらしい。

「――――まるで、僕がお前に恋をしているみたいな事を言う」

 街灯は未だ照らず、だが辺りは薄暗い。二度目真上に打ち上げられたペットボトルは今度はじょうずに戻らずに砂の上に転がった。
 僕を射る、涼太の目を見詰め返す。見知った色だった。僕がふとしたときに浮かべる諦めの色。黄色でなくて当然だ、ここまで深い色をして揺らめいているのだから。
 まばたきをひとつ。涼太は笑みを打ち消し、僕は笑んだ。きっと伸びてくるだろう右腕を、叩き落としてやろうと身構える。やはりと言うか、涼太は未だ僕の恋を終わらせてはくれないらしいので。



答え合わせの告白ごっこ