件名:やあ僕
本文:ところでおまえは今何してる?


 そこは見知らぬどこかだ。知っている街ではあるのだが、どことなく少しずつ変わっている。例えば建設中であったビルが完成されている、例えばコンビニエンスストアがあった場所が何故か牛丼屋の有名チェーン店になっている、例えば。
 俺のまとうジャージに張り付いた学校名だとか。

「らくざん」

 確か関西の方の強豪校で、推薦の話もあったはずだ。
 だが俺は未だ十四の中学三年生で、高校受験をした覚えはない。進学先を洛山に決めても居ない。

 どこだ、ここは。

 ばらばらばら、プロペラがうるさく喚くヘリコプターが頭上を旋回してまた飛んでゆく。

「携帯、は。これか」

 薄っぺらい液晶のままのような端末は恐らく携帯電話、だろう。市場には出回っていないはずの不思議なかたち。液晶に触れてみると操作が出来るから、タッチパネル式なのだろう。浮かぶアイコンは何を表しているのかわからないものも多かったが。
 恐らくメールを表しているのだろうものをしばらくいじってみると受信ボックスが立ち上がった。何だこの使いづらいことこの上ない機器は、思いながらとりあえず中身を確認する。それよりもこの端末でどうやって文字を打つのだろう、見たところボタンらしきものはないようだが。

 新着メールは、三十件。俺個人の意見ではあるが、いささか多すぎるような気がする。ざっと見たところメールマガジンはなく、つまり差出人はすべて級友や家族であるのだろう。件名に時たま混ざるのはすべて俺の名前だが、しかし俺にはこんな奇怪な端末を持ち歩く趣味はない。

 同姓同名、考えたが打ち消した。まず今の俺自身の格好や辺りの風景からはじき出されるひとつの結論の方が正しだろうから。
 認めたくはなかったが。

「赤ちんへは敦、・・・・赤司っち月曜日遊びに行きましょう、は涼太か。誰だこの真ちゃんが、って・・・・ふうん、成程・・・・・?」

 数人見かけない名前がある以外は、帝光のスタメンからのメールのようだった。心持ち緑間からのメールが多いだろうか、と言うくらいで、ひとりあたり三通ずつほど。
 はて、と思う。
 俺は彼らとメールのやり取りまでするほど親しいか。答えは否。だがそれにしては多すぎるように思えるし、内容も業務連絡や確認のものではなく他愛ないものばかり。遊びの誘いも多い。
 本当にどこなんだ、ここは。

「あ、赤司」

 そうやってひとり、道のど真ん中で立ち尽くしたまま途方に暮れていると、軽い声が後頭部にぶつかってくる。
 聞きなれない声。

「何やってんだよ、こんなところで。黒子にでも逢いに来たのか?」
「・・・・テツヤがどうかしたのか」
「ん?違うのかよ。じゃあ何だ?青峰?緑間か」
「いや、そんなつもりはない」

 逢いたければ教室に行けばすむことだ。それなのにこの、妙に馴れ馴れしいこの男は何を言っているのだろう。俺のことを知っているような口振りで親しみのこもった笑顔を浮かべるこいつは。
 ざっと見たところの身長は191、192か?平均よりもかなり高いだろう。真太郎と同じくらいか。そして筋肉のつき方からすると運動部、恐らくは球技をしているはず。
 多分バスケを。

「おまえ、」
「何だよ。まさか名前忘れたとか言うんじゃねえだろうな、火神だよ火神。ったく、昨日電話したろ、からかってんのか?」
「かが、み。昨日・・・・?」

 昨日は部活だった。少なくとも、火神を名乗る彼と電話などした覚えは無い。

「ま、よかったわ」

 扱いづらい端末の使用方法を読み解こうと四苦八苦していると、降って来たのは予想外に柔らかい声。
 聞きなれない音だった。
 呆然として見上げれば、俺が見たからだろうか、少しだけ困ったような顔をして火神は笑っている。

「昨日、何か落ち込んでるみたいだったからな。平気そうで安心した。あー、なんだったっけ?昔しちまったこと、まだ気にしてんだったっけか」
「・・・・・昔」

 ぐらりとめまいがする。ここはどこだ、そんなもの、記憶喪失でもないのだからわかりきっていることだ。ここは俺の地元で、そしてその昔は恐らく。
 俺の生きる今だ。

「後悔は。後悔は、していないようだったか」

 予想外にも男は火神はぶわりと笑って。ちいさなこどもでもあやすような笑顔だった。

「ほんっとおまえ今日変だな。後悔なんかしてねえんだろ?言ってたじゃねえか、自分で」
「――――なら、いい」
「つかそれより赤司、どした?」
「どうした、とは」

 伸びてきた指先があっさりと俺の前髪に触れた。慣れない接触に身体が硬直する。が、この男には日常の一部なんだろうか、睨みつけてみても怯えることなくにかりと笑うだけ。
 つ、と。かさついた指先が左の目尻を滑った。

「こっちの目の色、いつもよりも深いっつうか・・・・赤っぽいな」
「、アセロラジュースでも流し込んだんじゃないかな」
「はあ?何だよそれ、っはは」

 端末から軽やかな音が流れる。メールを知らせる音、だろうか。電子音だ。


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