そいつは居た。

 めのまえに、もっと言うとめのまえのバス停のベンチに。緑に白のラインの入ったベンチに腰掛ける赤司はどことなくつかれているように見えるのに、背筋だけはしゃきりと伸びているからふしぎなもんだ。赤司の背筋は背骨はいつもエスを描かずに、真上へぴんとひっぱりあげられているように一直線。いつ見ても。

「や。最近は見てねえ、か」

 すこしだけ久しぶりだった。いちばん最近逢ったのは確か先週の金曜、放課後の階段掃除に適当に参加していたところにたまたま通りかかった赤司が淡々と無感動に、ただ晩飯のメニューでも問いかけるような気軽さで月曜は部活に来るか、と。そう問われたのがさいご。
 そのときはのらりくらりと答えを濁して、図星ばかりを突く赤司のことばの切っ先からにげるように掃除を投げ出して帰路についたのだった。
 逃げるように、と言うか。逃げただけだ。

「、やあ」

 真正面だけを見詰めていた視線を、ゆっくりと滑るようにおれのほうへ流した赤司は顔の横にもちあげたてのひらをひらりと翻して、挨拶代わりのそれをてまねきに変えておれを誘う。

 異様な引力に逆らえずにふらふらベンチにあゆみよった。
 ひとりぶん開けられた彼の右側のスペースにひとりと半分ほどはあるからだを詰め込んで、荷物を足元に放り出す。

 赤司は未だおれを見ない。

「ずっと勝ち続けることはそこまで辛いか。圧勝はおまえには酷か」

 それも、ふと思いついたとでも言いたげな問いかけだった。
 相変わらず赤司の視線は真正面に刺されたままおれをちらりとも見ず、声音も退屈しのぎだとしか思ってないんだろう、無気力で抑揚がない。

「あー・・・・」

 ことばを捜すあいだの沈黙をごまかすようにそうやって意味もない音を伸ばして、ごきり、とくびを鳴らす。
 勝つのはすきだ。それは誰だってそうだろう。
 ただおれは、勝負がしたい。勝利をしたいわけじゃねえ。それが赤司に通じるとはどうしても思えないまま、それに代わることばを捜す――――ないくせに。

「では、クエスチョンを変えよう。俺はおまえに何かするべきだったか」

 今続いていることを、だった、と終わったこととして自然に語るそいつのかおはよく見えない。真正面から見詰められることが一度としてないのだから当然なんだろうが、頑としてひとみを覗き込まれることを拒んでいるようでもあるその姿は普段の赤司とはどうしてかうまく結びつかない。

 けどまあ、おれには関係がない。赤司が何を考えているのかわからないことなんてよくあることだ。

「何かしてほしいとか思ったこたねーよ。おれが勝手にくすぶって、おれが勝手にどうしようもなんなくなってるだけだろ。手助けとかは必要ねえ。し、助けてくれってったってどうせおまえは甘えんなって一蹴するだろうが」
「・・・・・ふ」

 えみは肯定を含んでいた。
 だがそれでいてどこか満足そうな、不思議な響も。赤司のほうへ視線を落としてみたが、やっぱりそいつはおれを見ないまま真正面ばかり見詰めている。

 投げ出された足が突っ込まれた靴の擦り切れたつまさきがなんでだろうな、嫌に生々しく見えてめがあう前におれがそらしてしまったけれど。

「それを聞いて少しだけよかった、と思えたな・・・・・・だから礼の代わりにひとつ」
「あん?」
「時間と言うものはね、よくもわるくもひとを変える。自分だけ変わらないなんて幻想だよ。変われない人間はまれには存在するだろうけれど、おまえは絶対に変わるさ、いつか」
「いつか、ねえ」
「きっかけはきっかけにしかならないけれど。まあ兎に角、すきに生きておけ」
「おー」

 高校生の自分。別の学校のユニフォームをまとって、的確な指示も馬鹿みたいな軌道でネットに吸い込まれるシュートも騒がしい真似っこも無気力な最強も――――魔法みたいなパスも。全部がなくなった場所、時間が流れた先の自分。いつか。
 想像なんて全く出来ない。けれど赤司が語るいつかってのは多分、そこらにあるんだろう。

「おまえは、変わるのか?」
「うん」
「いつかのおまえは、・・・・変わったのか、?」
「恐らく」

 いつの間にか赤司の背中はくるりと丸まり、おれがやっていたら絶対に注意するだろう、靴底をベンチに引き上げて立てられた膝に顎を預けていた。
 そんな隙が、そんな無気力が、疲労を隠そうともしないその様子がものめずらしいよりも衝撃で息を呑む。

 赤司はおれを、未だ見ない。


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