カンバスに紫色を貼り付けて、赤ちんはなにがしたいんだろう、あつしの色だなとわかりきったことを淡々と語る。
 声はなまぬるく、パレットをもてあそぶゆびさきもどこか弾んでたのしそうだ。

 おれと赤ちんがこしかける椅子は美術室のもので、確か技術室にもおなじものがあったような気もする木でつくられた今にもこわれそうな年季のはいったやつだ。
 体重をかける位置をかえるだけでぎいぎい鳴いて、いすによってはあしのところがゆがんでいたり右と左で高さが微妙にちがっていたりする。赤ちんの座ってるやつは前者で、おれのは後者だ。

 つくりも素材もおなじのはずなのに、すべてぴったりはまっておなじいすがひとつもないって言うのは変だなあと、ちょっとおもった。

「俺がお前の知る赤司じゃあないとしたら、どうする?」
「んー?」
「素材と原材料が同じだけの異なる存在だとしたら、どうする」

 筆をぴっと鋭く振って、絡みついた油絵の具を床の上に飛ばした赤ちんは掃除のことなんてこれっぽちも考えてないんだろう、今度は青色の絵の具で白いパレットを染める。
 そうして赤ちん自身ががつかいたいんだろう量よりもあきらかにおおすぎる絵の具を出し、かたまりに筆の先をつっこんでぐらぐら揺すった。

 真っ白いカンバスに今度は鮮やかすぎる青が焼きつく。水でうすめられてもいないそのままの真っ青は白の上を横真一文字に一直線に、びいっとすべってとぎれることのないあしあとをつける。
 そのせいで、おれの紫色は青の下にかくれてしまった。残念なことに。まるを描いた紫は、横なぎの青のせいでもうばいばい。

「おれ、自分でいることって、けっこーつかれるとおもうわけ」
「うん?」
「ひとにあわせてそのつどころころ態度かえてくほうがさ、多分、すげえ楽なんだとおもう。自分である最低条件、みたいな?そんなのを絶対にはずさない赤ちん、すっげえ」
「・・・・そうかな」
「そうなの。んで、今めのまえのあんたもそんな感じ。かんぺきにぴったり同じじゃあないけど、別のひとでもねえからさあ、おれは赤ちんが何だろうとどうもしねー」

 ばけものでも。おうさまでも。キャプテンでも。赤ちんが赤ちんであるのならば。

「どうだっていいよおれは」

 そろそろしゃべることがおっくうだなあとおもったから、最後ははやくちにそう締め括ってちかくにあった手ごろなつくえの上に上半身ほとんどをべったり伸ばせば、遠くで赤ちんが苦笑気味に息を吐き出す音がする。そして潰れるような音、ぶつ、みたいな音がするから、絵の具がまたたくさんチューブから飛び出してパレットに落ちているんだろう。

「赤ちんはどこに住んでるひとなの」

 なんとなく、問い掛けてみた。テリトリーを他人に侵されることを異常に、潔癖なくらいにきらうひとだったからおれは今でも彼の家のことをしらない。おかあさんだけ一度三社面談のときにうしろすがたをみたことがあったけれど、本当にそれだけだった。

 だからなんとなくの質問。

 けれども赤ちんはふと筆を止めて、色の混じりすぎてもう淀んで何色かもわからなくなってしまったカラフルだったはずのパレットと筆を抱えたまま流し台の方へあるいてゆく。答えはないまま。

 カンバスは絵の具そのまま水で薄まっていない全然のびないやつで彩られて色のむらがたくさんあって色んなとこがかすれてる。
 それでも全体をみればきれいなカラフルなのに、これをつくるために汚したカンバスは淀んだ色にまみれているって、ちょっとどうなんだろう。

 油のにおいが濃い。
 水の流れる音がする。どこか荒い、しぶきのたくさんあがる音。

「とおくさ」
「とー、く?」
「僕は、もっとずっと先にすんでる」

 蛇口から激しく流れる水でゆびさきにこびりついた赤色を奇麗に流して落として、そこで赤ちんはふとかおを上げ、窓の外をとおくをながめる。
 塗りたくられた青色の端が橙になりかけて、塗り残してあるみたいな真っ白の雲がぷかぷか浮かんでいた空だった。赤ちんはそんなものをしずかにひとりでながめてた。
 先のとおくのおれは彼のとなりに立っているのだろうか、思いながら吸い込んだ息は油のにおいばかりでべったり重い。


花言葉/誇り・王座・尊敬

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