鮮やかな色彩を丸ごとおおいかくすその薄いレンズを、つるりとしたふたつの光沢を交互にながめて一瞬、思案。そのひとはえみとともに二酸化酸素をふうとはきだして、どうしたんだい、のたまいながらゆうるりと。
「・・・・・ラッキーアイテムですか?」
わらいごえが浮き上がる。そのままふらりとあたりを漂ってでもいそうなほどに軽い声はいつもの高圧的な音を含んではおらず、ただの生理現象としてたのしげな音を紡ぐのだ。
ごつごつとしたてのひらから伸びるひとさしゆびを立てておどけた仕草で左右にふった赤司くんはそのまま否定を表して、ぴっと僕のはなを指し示した。
「おもしろいけれどそうじゃあない。ふ、でもどうだい、このサングラス。レンズが真っ黒だろう」
だから何だと言うのだろう。
愉快そうに声音を緩めたまま赤司くんはまたくつくつと軽やかなわらいの音を立てて身体を揺する。ぺたりと閉じたくちびるはいつものように僕を静かに追い詰めていくような冷えたことばを吐きはしない。僕が何に傷つき、何を嫌悪するのかを知っているかのようにその舌はおとなしい。
赤司くんは知らないはずだ。僕のやわらかいところを的確に突くことばは、彼がやわらかいと知らないからこそ発される。加虐的なひとではないからこそたちが悪い。
悪かったはずなのに。
今日の、正しくは月曜からの赤司くんはそんな風にして無意識に相手をえぐるようなことばを吐くこともなく、いっそ口腔内の器官だけ眠りについているのではないかと突飛なことを思ってしまうくらいに静かだ。まどろんでいるかのような音でころりとえむこともあれば、めを細めて機嫌がよさそうにしていることも少なくはない。
よくにあっている仕草がどうにもらしくない、微妙なずれが今の彼にはあった。
「だからなんでサングラスセレクトなんですか・・・・どこのトレンドですか」
おおきめのフレームをゆびで押し上げながら、緑間くんのまねだろう、俺のシュートは落ちんと本人と聞き間違ってしまいそうなほどによく似た声で赤司くんが言うのが可笑しくてつい僕もちいさくわらえば、僕の鼻先につきたてたままのゆびをまたゆらめかせた。
「ただの目隠しだよ」
そう言ってまた、にこり。えみを深く深く落ちそうなほど深めて赤司くんはわらって、そのまま流れるように教卓から体重を預けていた腰を静かに剥がして席に腰掛けている僕のもとまであるいてくる。
ゆっくりと。
一歩ずつ、歩く赤司くんを僕に見せつけるかのように踏みしめてゆっくり。昼休みのひとのまばらな教室を、机を、縫うように歩きながらいちばん後ろの僕のところへ。
恐らくめがあるのだろう場所を注視してみたけれど、やはり真っ黒いだけで眼球なんて見つからなかった。
「まぶしいからね」
だから黒く塗りつぶしてみたんだけど、と、冗談めかした口調と仕草で彼は言う。僕の席とされている机のうえにゆびを這わせて、そのまま周りのめもはばからずにぐいと顔を寄せてくる。
とんぼを思わせる真っ黒のレンズが、蛍光灯の光をうつしてぎらりと光った。
「俺は目隠しをしている。だが、どうだ」
「なにがですか」
意味がないのではないか、とさえ思える端的過ぎることばも、赤司くんが語るだけでなにか深い意味があるように思えてしまうから不思議だ。彼のひとがらがそうさせるのか、はたまたまとう雰囲気か、とんぼのサングラスに隠されてしまっているかおはんぶんの異様さのせいなのか。それはわからなかったけれど。
にあっていますね。とりあえずその異様なみなりをかたちだけ褒めてやれば、赤司くんはみすかしているくせに嬉しそうにえみをこぼす。
「俺から光は見えていない。遮断しているからね、とうぜんだ。だがテツヤ、目隠しをしていないおまえの視界から光は消えているか?そして俺。俺が見ていない光は、見ていないだけで確かにここに存在しているな」
まるで台本でもよむようにつらつらとそう語った赤司くんはそこでいったんことばを切り、僕の顔をまたじっと見詰めてくる。その分厚い黒の奥の表情はうかがえなかったけれど、確信にもにたきもちでおもった。彼は恐らくすうとめを細め、今にも軽やかにわらいだしたいきもちでいっぱいに違いない。
だからだろうか、さきまわりをするように僕はわらう。口角をあげてにこりと。
「だからなんだというんですか。めも開けられないほどの光ならば、それはもう照らす光ではなく光線をつかった凶器ですよ」
がたん。机が揺れる。
赤司くんが突いた腕を大きく揺らしたせいだろう、彼のくちびるはわらいごえを吐き出す寸前のかたちでゆがんでいたから。
「そうか」
赤司くんはえみを含んだ声でそういったが、ついぞ否定も肯定もすることがなかった。
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