それはぜんぶをかっさらって塗り替えて、ただ赤色として立っていた。さっきまでのおれの視界は褪せていながらもカラフルだったと言うのに、赤司っちが現れた瞬間にそんなものが存在して居なかったかのようにかたっぱしから赤色に取って代わる。

 空、赤い。
 雲、赤い。
 赤司っち、言わずもがな赤い。
 おれさえ、真っ赤っか。

 そんな暴力的な色彩のせかい。のまんなかで、当然と言わんばかりの表情でしらりとしていた赤司っちはどこかつまらさそうにあたりをぐうるりとみわたして、ぴた。
 おれに目線をさだめて、静止。

「何、スか」

 どこかとがめるような赤色の視線がてくびに絡みつく。白い部分を残さず絵の具で塗りたくられているかのような感覚に思わず、持っていたバスケットボールを地面へとたたきつけた。ずきりと視線が這わされた箇所に痛みがはしるけれど気にはならない。そんなことよりも赤司っちの、ぜんぶしっているみたいな目線が視線がスタンスが嫌だった。だったらどうして何もしてくれないの、と、何も出来ない分際でわめきちらしてしまいそう。
 赤司っちはそんなおれを見ても、何も言わなかった。
 言ってくれなかった。

「青峰っちなら今日も部活、行かないみたいっスよ。黒子っちも最近逢ってないし。おれは部活、行くけど。・・・・・っだからあんたは、どっか、行け」

 おこられるかな、おもった。赤司っちは良くも悪くも自分と言う存在をたっとぶ。優先順位はひくいくせに、赤司征十郎があなどられることにたいしては異常なくらい過敏だ。だから赤司っちは、苺シロップを溶かしたような薄くすきとおって赤いひとみをいからせておれを怒鳴りつけるだろう、むしろそうして欲しくて身構えたのに、待てど暮らせど望む怒声はふってこない。
 ただひとつ。赤司っちはぽつりと辺りに赤色をにじませて、ためいきをひとつ吐いただけだった。

「そうして欲しいならそうしよう」

 声は淡々と、冬の音。雪の降り出しそうな黒い雲のたれこめた色素の薄い青の空をおもわせるほど凍り付いている。
 油断はない。隙もない。赤司っちはいつもひとつの作品みたいに完成している。それは絵だったり彫刻だったり写真だったり一瞬をきりとる芸術作品であるのだけれど、赤司っち自体はきりとられやしないんだろう。たぶん。

 彼はきっと、刻々、変わり続けていつかおれたちをおいてゆく。

「涼太。バスケ、たのしいか?」
「・・・・・すき、っス。ただどうしようもなくやるせないだけ。つまんなくなんかなりたくねえのに、青峰っちはあんなんだし黒子っちは諦めちゃってるし、紫原っちはあれっしょ?緑間っちは傍観者スタンス崩さないし。あんたは・・・・・・あんただし」

 赤色のさなかで溺れているおれは、酸素を吸い込む代金代わりのようにごぼりごぼりとことばをこぼし続けた。赤いそのひとは黙ったまま、おれの話を静かに聴いている。
 否定して欲しかった。教えて欲しかった。
 してあげられることなんか何もないのに、求めるばっかりのおれはやっぱり敗者でしかない。青峰っちにさえ勝てないんだから、このひとに勝てる訳がない。

「そうかな」

 赤司っちはふと、夕焼け色をした廊下をながめながらふと、もらした。そうかな。って、何がだろう。

 ゆるうり――――くびはかしいでおれを見て。疑問符をいっぱい飛ばした赤司っちのどこか解せない風な表情にせぼねがざわりとする。
 このひとは誰だろう。
 赤司征十郎そのひとを前にして、ここまでの真っ赤っかを前にしてそう思う。このひとは一体何者で、だれだ。

「僕はずっと僕だろうか」
「ぼく、?」

 その一人称を飲み下せなくて意味さえはんすうする暇もなくおうむがえしにそう言えば、赤司っちは失敗した、とでも言いたげに悪戯っぽくほほをゆがめた。
 こんなわらいかた、したっけ。
 おもうけれどやっぱり赤司っちは赤司っち以外には見えない。違和感がじわりと末端から広がって、あと少しで何かが理解できそうだった。のに、

「どこにも行きたくないんだろう」

 見透かすような視線がおれをいぬくから。何も言えなくなってうつむいた。そうだよ、も違うよ、も。くちびるを突き破ることばはない。今度こそこのひとはおこるだろうか、おもって身を硬くしてもやっぱり怒鳴り声はいつまでたっても響かない。

「だったらしばらくそこに居ろ」

 かわりに、何かを赦すような声音がふわりとおれの前髪をかきまぜた。びっくりして赤司っちの方を見れば、苦笑気味に口角をゆるめてそのひとは廊下の真ん中、いつものように陣取っている。いつもと違うえがおを浮かべて。
 そう言えば昨日もこんな風に、どこかが緩んでいるような雰囲気をまとっていた。糸みたいに張り詰めた威圧感が丸ごと消えていたのだ。
 今も。

「走り出すときはお前自身が決めればいい。しばらくは立ち止まっていろ。あんまりはしゃぐと足が疲れるぞ」

 俺みたいに。
 最後、茶化すように付け足して。真っ赤っかなひとみから色素を辺りにばらまくようなそのひとの瞳を、おれはやっぱり何も言えずに見詰め返す。いつかでも、いいのか。無理して走らなくてもいいのか。無言の問いに答えるように、赤司っちはするりとかためを眇めた。おれの視界を埋めたのは、瞳孔の縦に裂けた彼独特の濡れたひとみ。
 だけどどうしてだろう。いつも知っている赤ではなく、夕焼けのせいだろうか、そのひとみは橙とも金ともつかない色をして揺らめく。


花言葉/薄らぐ愛・あなたに恋します

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