いっそあたまのてっぺんがみなもなんじゃあないかと思うくらいに、赤司くんはどこか希薄だった。溺れている、というのかな、それとも陶酔と呼ぶのだろうか。ゆらりゆらり、揺れている。
 沈黙のうめかたがわからなくて、とりつくろうようにみんなは、と問う。われながら声はうわずって震えてばかみたい。テツくんを相手にするときとはまたちがった焦燥感と言うか羞恥心が喉元をくすぐったいようなよわさで通り抜けるから、聞いたはいいけれどそのさきをつづれなくてまた、沈黙。

「まだ来ていないよ」

 淡々と、けれど律儀に、赤司くんはそう言った。相変わらず読めないへんなひと。部室のベンチにこしかけ、うつむいている赤司くんの表情を読み取ることはできないからかな、よけいにいたたまれなくなってくる。隣に座るのは駄目だろうか、それともめのまえに立っているほうがわずらわしいかな、そんな気遣いさえ余計かな。

 せめて大ちゃんが居ればよかった。

 最近すっかり拗ねてぐれて部活に寄り付かなくなってきた幼馴染を頭の中で立ち上げて石を投げた。でも想像の中の大ちゃんも、つまらなさそうな顔をして必要最低限の動きでひょいっとわたしの投げた小石を避ける。

 バスケ、すきでしょ。すきだ。なんでやらないの。つまんないから。
 そんな問答、もうしたくないのに。大ちゃん。

「いつかすべてが懐かしくなる」

 そんなわたしの気持ちを読み取ったのかなんなのか、赤司くんは穏やかな調子でそういった。珍しい、するりとほどけた声音に思わず彼の方を見やれば、いつの間にやら顔をあげていた彼とまともに視線がつながってしまう。

「そうなの、かな」
「そうさ」

 けれど、どうしてだろう。逸らせない。

 金魚が泳いでいる瞳だ、――――何故かそう、おもった。赤い瞳はびらびらと尾をはためかせる優雅な金魚、橙の瞳は屋台で跳ね回る小柄な金魚。それをゆったり、網膜に泳がせている赤司くんの目。大ちゃんたちはいつもこのみなもをのぞきこんでいたのかと思うと、少し、ほんの少しだけ羨ましい。透き通ったビー玉みたいなころりとした眼球を隠したがるように、よく後ろから彼に覆い被さっていたムッくんのきもちが今ちょっとだけ理解できた。

「大丈夫、時間に永遠は無い。今この瞬間が続くなんてことは有り得ない、良くも悪くも。だから哀しむのには少し、はやいかもしれないよ」
「そう、かな」
「・・・・・だったらいいと、おもうだろう」

 声音はずうっとずうっと穏やかなまま、金魚は暴れることもなくゆったりと尾を水の中にくゆらせたまま。
 赤司くんはちいさくわらった。棘のない柔らかな微笑は奇麗で仕方なくて、男の子にしては整いすぎている彼の造形に良く似合っている表情のつくりかた。

 懐かしくなるいつかに、皆揃っていればいいな。そう言うと赤司くんはゆうるり、そうだね、春みたいな声をして花弁で彩られた指を振った。けれど、どうしてだろう、どことなく違和感が積もる。

「ねえ、赤司くん」
「うん?」

 ひとみが漂う。金魚がみなもを滑る。水中で息ができるような、不思議な感覚。

「あなたのめって、そんな色をしていたかな」

 オレンジジュースを流し込んで固めただけだよ。
 冗談とも本気ともつかない調子で赤司くんは言い、もう一度ちいさくわらってからするりと部室を、水槽を出て行ってしまった。 


花言葉/美しい少女・一時の感銘

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