てのひらの中に魔法みたいに飴玉が消えていく。ピーチ、レモン、ぶどう、ソーダ、メロン、黒蜜、全部の飴を右手できゅっと握り込み、赤司君はそれを数度揺すって首をかしげる。真太郎ならチェスの駒で表すんだけどね、ちいさく意味のわからないなにかを言いながら、一度握り込んだ飴玉を赤司君は机の上に投げ出した。
 ぱらぱら、色彩が広がる。ぼんやりと眺めていると、赤司っちは飴の入った袋にもう一度手を突っ込んで、今度はいちご味を取り出す。

 そうして、色彩の端に赤を落とした。

「僕を足すと、こうだ。これで完成されている」

 ビー玉をまるごとはめ込んだみたいなつるつるした目がオレを見て、数度、まばたきで隠した後うかがうように瞳孔が広がる。猫みたいだな、ふと、そう思ったら無性に可愛くなってきてつい机に乗り出して抱きしめたくなるけれど、そんなことをした瞬間に飴玉が凶器の如く襲い掛かってくるのは目に見えているので、太股の上で大人しくひとり手を握る。
 赤司君はしばらくソーダと黒蜜を取ってぶつけてみたり、ソーダにぶどうを投げつけてみたり、黒蜜とレモンを隣り合わせたと思った瞬間チョップで引き裂いたりと遊んでいたけれど、いきなり僕の存在を思い出したようで色ばかり眺めていた目を引き上げ、僕を捉えて鈍く笑む。
 ところで君は
 流れるように紡がれかけた言葉尻がふと途切れ、珍しくも、赤司君は考え込むように顔を伏せてしまった。

「どうした?何か、うん」
「――――別に。ところで君は何色なんだろうと思っただけ」
「えっ?何でそれで言いよどんだわけ」
「お前のことばは悪辣なところがあるから、発言の前に反芻しろと言われてね」

 肩を竦めるようにしてながら赤司君はおれを見て、少しだけ、本当に少しだけ困ったように眉を寄せる。
 ばつが悪そうな風にも見えるその様子が意外すぎて、ぽかっと間抜けにくちをあけてしまった。

「嫌悪はにがてなんだ」

 神様が、盤上のカラフルを眺めて笑みを零している。まもるように掌で覆い、みつめるけれどことばは掛けず、そうして赤を落としても混ぜないのはきっと。
 いとしそうなまなざしを一身に受けるカラフルはどこ吹く風、ころりと転がった。

「んー、そうだなー・・・保護色とか」
「あえてこのことばで応えよう。まじでか」
「まじです」
「まじでか・・・」

 思わず吹き出して、つい以前の癖のまま慌てて収めて彼を伺ってしまったけれど、赤司くんは不機嫌になるどころかむしろ愉快気にいちご味の飴玉をはじいている。白いさかなみたいな細長い指先からいちごを引っ手繰ってみれば、あっ、軽い声が空間にくるくる浮いて、赤司くんがおれの掌に吸い込まれていく軌道を追いながらぱちぱちまばたきをする。

 あっ。

 二度目。彼が驚いたというよりは投げ出すように、呟きを落とす。いちご、とデフォルメされた文字で彩られたちいさな袋を破いて、濁った薄赤をおれがくちのなかに仕舞い込めば赤司くんは少しだけ困ったように眉を下げ、中身の無くなったちいさな袋を手にとって軽く振る。
 僅かに漂う甘いにおい、すっぱさが無いのは人工的につくられたいちごだからだろう。実際、たべたいちごからは絶対にしないだろう甘さだらけのカキ氷によくある味を舌の上で転がしながら、蛍光灯のひかりまみれの部屋でふたりきりだなあと今更気付いて、ふと、恥ずかしくなってしまったり。

「おいしい?」
「可もなく不可もなくと言ったところ」
「そう」

 赤色だけ無くなった机の上にやっぱりしろいさかなみたいな手を泳がせて、寂しそうでそれでいてどこか満足げな、感情の読み取りづらい微妙な表情を赤司くんは浮かべた。

「赤色はね、もう、このなかには落としてあげないって言うアレソレ」
「それが君の奇奇怪怪な行動の答え?」
「イエス、サー」
「誰がサーなものか・・・・You are so mean!」
「えっなにそれ、どういう意味」

 聞き慣れない英文に思わず気をとられ、飴の丸ごと飲み込みそうになって数度咳き込む。机の向こうから腕を伸ばした赤司くんが苦笑気味におれの顔を覗きこんで、肩甲骨の間辺りをぽんぽん叩いてくれた。

「そうだな、意味は」

 そのままの距離で、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて赤司くんは不敵に頬をつりあげて、机についていた掌で、邪魔だったのだろうか、飴のつまったカラフルを床にぶちまける。

「いじわる!」

 こどもっぽい舌足らずさを真似たかと思えば、僕を食べるなんて酷いひと。追って婀娜っぽく、冗談を織り交ぜて落とされた声。驚いた僕は、飴を拾い上げようと屈んでいたのが不幸で。勢い良く頭を上げ、机の上にしたたかに後頭部を打ちつけた。
 高く笑った赤司くんが何がなんだろう、くだらないね、朗らかに独りごちたのを聞きながら、痛みに悶えるおれは偶然を装ってカラフルな飴をもう一度床に叩き付けてみた。笑いに崩れ落ちた赤司くんも机で膝を打ちつけ、ふたりして呻きながら、目を合わせて。

「世界はどう?」
「見事保護色さ、君の思ったとおりに」
「何て保身的なんだろうね」

 唐突に飴でおはじきと言う古典的な遊びを始めながらふと掛けた問いの答えはどこか甘く、それでいて諦めを漂わせて弱く、声音からも感情の読み取りづらいひとだなあと思った。
 奥歯でちいさくなった飴は噛み砕いてぜんぶ喉に押し込んだ。おれの世界は赤色だよ、とは、意地悪をして言わないまま。
 返してあげない。赤司くんには聞こえないようにちいさく呟きながら、カラフルな飴玉を中指ではじく。



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