影に身を浸すように丸くなり、蹲っていたかたまりに張り付くのは赤。

「よお赤司・・・・無視か」

 パックの中身のバナナオレを飲み干して、最後の一滴をじゅるじゅる吸い上げながら華奢な身体の横にわざとおおげさに腰掛けて、弄んだ紙パックをぐちゃりと潰した。
 辺りに黄色の混じった液体が散る。蟻でも寄ってくるだろうか、とか思いながら、日陰と日向を半々に受ける実に気色の悪い場所に腰掛けてしまったことを悔やみつつ、潰した紙パックを転がしてレジ袋の中から惣菜パンを取り出した。ありがちなヤキソバパン、紅しょうがの乗ったやつ。

 ラップを剥がしながら体育館裏の影にもう少し身体を押し込んでみた。どこかじっとり湿って冷たいそこは、体育館への扉が閉められているのもあってか閉鎖的と言うか、閉塞的と言うか、息の詰まるような孤独感みたいなものに満ちている。一歩日向に出るだけで、真夏の殺意さえ沸く日光がさんさんと今日も遠慮無しに降り注いで居るというのに、日陰はまるで別の世界みたいに重苦しい。

「ひとりで何やってんの」
「ひかげとタンゴ」
「まさかのタンゴ」

 重苦しさを振り払うようにパンにかじりつく。独立した動きをしろと指令でも飛ばされているのかと思うくらいに手ごわいヤキソバに苦戦しつつ、紅しょうがを落としそうになって慌てつつ。ヤキソバが前歯同士の間に挟まったときは投げそうになったが、華麗なる舌使いで回避した。さすがオレだ。
 上唇にこれでもかと付着した青海苔をこれまた洗練された舌の動きで撤去しつつ、何故か寄って来た鳩を紙パックを近くに投げて追い払う。おこぼれを食いに着たらしい鳩は羽をばたつかせて飛んでった。それで良し、オレから食い物を奪おう何ざ鳩には許されざる行為だ。

「・・・・寄越せ」
「はっ、て、おい」

 脳内で未だ鳩と対戦を繰り広げていたのに、にゅっと伸びた細い白い腕が遠慮無しにレジ袋をかきまぜ、メロンパン牛乳生クリーム入りをひきずりあげて帰って行った。実に悠々と。実にしらりと、何か問題でも、とでも言い出しそうに目を伏せたつんと澄ました顔をして。
 無残に開封され、ばりばりと音を立てて包装がめくられていく。現れたごつごつしたクッキー生地にかぶりつくちいさいくちをヤキソバパンと一緒に飲み込みながら、と言うような幻想を抱きながら、再び舞い戻ってきた図太い鳩にパンの欠片を今度は投げつけてやった。鳩はばたついた後着地して欠片を食った。――――オレも図太く生きたいものだ。

「ぽっぽー・・・」
「何やってんの」
「鳩真似」
「二足歩行を推すとはお前、見下げ果てたものだね」
「せめて歩かせてくださいまし」

 隣の真っ赤な鳩様も、いやこれはとんびか鷲辺りか、もすまし顔でもすもすメロンパンを啄ばんでいらっしゃる。正直どれだけつんとしていても握られているのがメロンパンで、しかもどんだけ腹減ってたんだと言う勢いで食い、かつ頬に押し込みリスかハムスターレベルで変形した顔に威厳もクソも無い。
 の癖、咀嚼だけはいやにゆっくりだ。何だなんだ見せ付けられているのか。メロンパンを嬉々として購入したオレへのあてつけなのか。

「ん、おいし。・・・・・・ほら」
「あ?」
「ほーら」

 最後のひとかけを喉に押し込んだ赤色は、ふうっと息を吐き、ぐっちゃぐっちゃの粉まみれのメロンパンを包んでいたらしい、今やもう無駄に装飾されただけの透明な紙へと成り下がったソレを差し出してきた。いや、それよりも突き出すような。しかも真顔でだ。口の周りについたカスを真顔で拭う童顔野郎の癖にどれだけしらりとしているのか。問題ある?みたいな顔すんな問題だらけだ。

 しかも、バナナオレのかわりに開封したピーチティーも引っ手繰られた。そんで容赦なく吸い上げられている。音が半端じゃない、吸い上げる力が半端じゃない。
 十秒ほどストローとキスを続けていた赤司はやっと満足したのかくちを離し、どれだけ勢いがよかったのか顎を伝うピーチティーを拭いながら眉をひそめた。

 ひとから食い物と飲み物を奪い。

 お分かりですか皆さん、ひとから食い物と飲み物を奪い、かつ、眉をひそめたのですよこの暴君王者。
 首をかしげ、今にも罵詈雑言を浴びせかけてきそうな勢いで機嫌の急降下している赤司はくちもとを拭いながら――――てかどんだけくちのまわりに付着していたのかと言う話だが――――目を細め、脱力しきったオレの掌に紙パックを無理矢理押し込み握らせながら立ち上がる。

「何で甘いんだよ」
「文句言うな」
「明日は無糖にしろ」
「明日もかよ!?」

 影から出た赤司は頭を振り、ついで首の骨を軽やかにならし、さっき『だいきたすけて』とかひらがなで救済求む電話をしてきたとは思えないほど爽やかな顔をして日光の加護を受けていらっしゃる。ちなみにオレは未だに日陰の中だ。気を使って隣に腰掛けたというのにあっさりあいつは立ちやがりやがった。
 むしろ、そのたすけても、空腹からではないのかと思い始めている。食べる速さは尋常じゃなかったし、食べ終わってこの回復。あまりにも切羽詰った様子だったから慌てて来たのだが。もし理由が空腹オンリーだったら一発殴らせていただきたいものだ。

「明日ねえ」
「メロンパンな。あとクロワッサン」
「金は払えよ」
「勿論さ」

 笑みを含んだ赤司の声を聞きながら握った拳を見下ろして突き出すタイミングを自問し、そろそろまとまりかけた頃。顔を上げた頃。

 赤司は居なかった。

 思わず前のめりに倒れこんでおひざとコンニチワする。脱力。メロンパンとピーチティーだけを奪われたオレに午後の授業を乗り切るだけの満腹感は与えられていない。

「まーじーかーよー・・・」

 まあでも、世界にひとり取り残されたような声をして、ひとり影になりたがるように丸くちっちゃくなっているのは僕様王様赤司様には似合わないわけで、たすけての理由が何であれ、結果的にたすけられたのだからまあ良いか、と、思うくらいにはほだされている自覚は有る。
 溜息を吐きながら下の方でちゃぷちゃぷ言ってるだけのピーチティーの残りを吸い上げ、カラのパックをもういっちょ鳩近辺に投げつける。鳩はしらりとしたままで、雀だけ飛び立った。反応する雀が空気読めていないにも程があるので苛立ちのままにレジ袋を地面に投げつけてみたのだが、何かフワッと舞っただけだった。泣いた。



昼抗争