!注意
!不快になる可能性大
!良く喋るモブ




 瓶は捨てた。中身の確認なんてしたくもない。包装紙も箱も、穢れ淀んだ欲まみれの癖に純潔を主張するあれらが気色悪くて仕方が無い。

 動物園の来訪者が私を、確かにそう言った対象で見ていたのだ。

「・・・・え」
『すまない赤司、今朝は少し教師に呼び出されていてな。先に行く。ったく、こんな日に限って青峰も紫原も用事やら寝坊やら・・・・普段から人事を尽くしていないからこんな事になるのだよ。――――赤司?聞いていないのか』
「あ、ああ、いやきいてる・・・構わな、い。ひとりで行く」
『言ってみたものの、大丈夫なのか?最近酷く、何かに追い詰められている様だが』

 白を叩きつけられたあの日から、登下校は出来るだけキセキのメンバーと行動を共にするようにした。そうでなければ今にもずぶり、地面に沈み込んでしまいそうで、つめたい地面に食い殺されてしまいそうで。
 あの無欲の仮面を被った視線に、突き刺されてしまいそうで。

「いや、大丈夫だ。逆に悪いな、今まで、べったりと」
『・・・迷惑なんて思ったことは無い。赤司、知っているだろう、俺は自分を偽るのが心底苦手だ』
「変なところは誤魔化すのにねえ」
『お、っまえ相手には、素直になろうと努力を、だな・・・・』

 あの日から毎日押し込められている“真っ白”の箱。ただ中身は瓶では無く、毎度、ご丁寧に違うものばかり。
 今日私に叩きつけられた白い欲は、紙。
 真っ白けの、婚姻届。――――ご丁寧に血文字で踊っていた愛しているの文字が私を刺したのだと、差出人は気づいているのか。

「ははは、真太郎は素直じゃ無いからねえ」
『ぶ、不器用なだけだ』
「あは、認めたー」
『ううううるさいのだよ!』

 露骨に動揺して上擦った声音の真太郎を茶化しながら、やっぱり彼等がすきだと自覚した。
 視線が無くなるから、剥がれ落ちるから、空間を共有していた。最初はそれだけだったのに、今は真っ白の欲が怖いから以上に一緒に居たくて一緒に居る。煩わしい、嫌悪を吐き出されてしまえばもう立っていられなくなるのだろうなと、思う位には私は落とされている。いや、勝手に、落ちた。恋でもしたみたいに。

「大丈夫だよ真太郎」

 おとといは何だったっけ。

『・・・・・本当にお前、おかしいぞ』

 留守電。そうだ、留守電に、延々延々私への愛が詰まっていた。ただ真っ白なだけの愛が、受話器の奥底に蠢いて私の鼓膜を報復でもするかのように破り捨てた。私の感情なんか全部通り過ぎて、ただ私に届けられる愛情。
 視線はずっとへばりついて。血反吐の出そうな愛ゆえなんだろうね、行為は止まない。

「大丈夫さ。なあその代わり、今晩も、電話してくれるかな」
『――――・・・・・今晩と言わず。今日一緒に帰ってやるのだよ』
「優しいんだ」

 くはり。笑いながら、ベッドから這い出る。鏡に映った私は、何かがごっそりと抜け落ちた酷い顔をしていた。

『お前限定だ。じゃあな』
「え」

 早口で告げるだけ告げられたことばを最後に、ぶつりと電波は遮断される。お前も叩きつけるのか、愛しくなるばかりの愛情を、私に向けてくれるのか。もう蛇なのか欲なのかさえ解らない視線に巻きつけ締め上げられているような、私にも。
 救われる。ちいさなひとことでこんなにも。視界の端から緑色に染まり上がり、目の前が久しくちかちかと瞬いた。久しぶりにこんなにも、美しい世界を見た。

「真太郎・・・・・ちがう、・・・誰か」

 奇麗だ。

(助けて。)

 世界が、きれいだ。それだけで、耐えられる気がする私はばかなんだろうか。






 電車の中で起こったのは殺人事件だ。
 大袈裟?違うね。確かに殺人が行われていた。犯人は真っ白のストーカー。

 そして死体は私の役目だ。笑えちゃう月曜日のサスペンス、又はある種のホラー。解りきったトリックは謎解きにも値しない。
 確かに私は殺されていた。
 電車と言う、“箱”に押し込まれた私は。

 死んでいた。

「は、はは、」

 ----うれしい?うれしいかいあかしちゃん。

「あっははは、・・・・あーあー」

 しきりに腹を撫で回しているてのひらは男のものだ。無い宇宙を引っ掻き回す神様気取りの汚らしい手。私の腹、下腹部を、そいつは。
 日常と成り果ててしまった視線の無い生活。彼等が居ないと襲い掛かってくる視線が、何故だろう、今日は無くて。電車の中私は、気を抜いていた。知らなかったよとっくに地面に食われてたなんて。
 それも頭からすっぽりと、とか、笑える。

 電車の中で視線は消えていた。故に、油断してしまっていた。視線の主は居ないものだ、と。だが無欲の視線が無になった理由は酷く簡単だったのだ。視線に絡み付かれていると思った理由も、今解った。

 遠くから注がれているから。
 近付けば、無い。

「あーあ・・・・落ち度だ」

 つまり男は私の背後に迫っていたと、クエスチョンへのアンサーはそれだけ。

 下腹部、いや子宮か。男はしきりに息を荒くしながらそこを撫で回し、時折喘ぐように声を詰めるのが、ああ、気色悪い。

 ----いるんだろ、あかしちゃん。

 欲まみれのストーカーもどき、ごときが、さつきが私を呼ぶ愛称と同じことばをなぞることが果たして許されるのか。またクエスチョン。アンサーは解り切っている。
 許されない。
 肘を振り抜いてやろうと、嫌悪よりも先に怒りで目先が眩んで鞄をきつく握った。肘を当て、のけぞったこいつの鼻柱に宇宙も夢も無く教科書のたっぷり詰まったこれをお見舞いしてやろう。ちいさく笑う。大輝みたいに不敵に笑えてるかな。

 あーあー、なのに私は。
 行き場も無く、鞄を足元に転がした。ダイイングメッセージじみた証拠じみた行為。

 ----あかしちゃんいるんでしょう。
 ----ここに、おなかに。
 ----おれたちのこどもが!

(狂ってる。)

 ----そだってるんでしょう!あいをうけて!

(歪んでる。)

 ----おれとあかしちゃんのこどもが!

「誰か」

 振り返って顔を、見る。明らかに正気でない、意識をどこかに置いて来てしまったみたいな顔をしているのに、そいつの目だけは涼太を思わせるほどに、底抜けに澄んでいた。同年代か、少し上か、そう離れているようにも見えない。声も甘いテノール。顔の造形だって、悪くない。
 黒髪を揺らして、笑うそいつの、笑顔の美しさったら知りたくなかった。

 おかしい。うつくしいから、だからこそ、おかしさが顕著に浮き上がる。不純物にまみれた純金、それともひび割れたダイヤモンド。何かがおかしいのに、奇麗なのだ。

「だれか」

 ----ねえ赤司ちゃん。
 ----・・・・・居るよね、ここに。おれときみのあかちゃん、居るよね。

「だれかっ・・・・!」

 からっぽの腹を男は、少年は撫で続ける。

 脳内で突然にぱちんと繋がる、白濁の詰まった瓶と背後の少年。成程、性交プロポーズ結婚子作り→できたこどもか。少年は見た目通りのまるでふざけた紳士様らしい。
 脳の芯が痛い。じんと揺れる。鈍く、滲んでしまう。

 世界は汚れてしまった。犯行予告が拡声器で叫ばれビラでばら撒かれた完全犯罪に巻き込まれている。
 殺人鬼は少年。
 赤をぶちまけて倒れるだけの簡単な仕事を遂行するのは私。流れ出るのは居もしない赤子。

 なあんて笑える月曜日のスプラッタ。

 ----ねえ赤司ちゃん、すきだよ。
 ----ねえ愛してるよ。

 「助けて」は。
 証拠品の武器へと成り下がった、後だった。

 ----愛してる。

 少年の声は真っ青で、夏の青空みたいにどんと高く澄み渡っている。真っ白の雲の張り付いた、湿気も無いカラリと晴れた真夏日。
 少年の声は、愛は、澄んでいる。
 私に棲んでいる。

 ----愛してよ。

 私の愛した彼らに、早く、逢いたい。

「愛してるさ、とっくに」

 せわしなく腹を撫でるてのひらは答えなんか聞いちゃいない。

「愛しているさ」

 電車は、雑多な人間を押し込んだ箱が駅のホームに滑り込む。突き飛ばすようにして人混みに突っ込まれ、目を見開いて背後を仰いだ。
 彼は手を振っている。あかしちゃん。甘いテノールが私をまた、傷つけ。

 ----またね。

 二度目の犯行でさえ私を殺すのだ。

 

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