!注意
!不快になる可能性大




「それでね赤司っちー・・・・聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「聞いて無いよね?」
「きいてるよ」

 しきりに顔を覗き込もうとしてくる金髪から身を捩って逃げながら、夕焼けの落ちかけている道を歩く。屋上から教室へ行く途中に数人を誘った結果、最終的なメンバーは敦、テツヤ、涼太、そうして私――――予想通りの顔ぶれに思わず笑みが転がり落ちてしまう。
 暑くないのか、白のカーディガンを纏った背中はやはりモデルと言うだけあってすっと伸びている。真っ白い肌は抜け落ちそうなほどなのに、テツヤと違って生身の人間として美しい。

 テツヤの白は、幽霊が近いだろうか。ともすれば透けそうな、凝らしても見えないような、危うさは無いかわりにどこか頼りない、白。
 ただ、そう見えるだけでそうではないことを知っているけれど。

「駅前のアイス屋さん、美味いんスよー。今日、寄ってく?」
「今日、寄って」
「て!」
「かない」
「かなかった!」

 夕日を食うように口を開け、空を仰いでいた敦がちらりと涼太に視線を落として僅かに目を細める。どうやら、大声ではないが良く通る彼の声が不快らしい。こんなにもきらきら発光して奇麗なのに。
 ふらり、と漂った敦の視線がぱたり、落ちる。
 先には涼太の頭。すると細まった目は捕食者と良く似て、ぎらり、と。

「・・・・・よし、」
「何を決意したのかは知りませんがやめてください紫原君」
「そうだよ敦。それに唯一のとりえなんだ。潰してくれるな」
「え、赤司っち酷っ」

 咄嗟に後頭部で両手を交差させ、逃げを打っていた涼太は敦が再びお菓子へと興味を移すまでじっくり待ち、やっと腕を脇に落とした。安心と心配がない交ぜになった息を吐き出し、地面に転がったそれ、残骸を踏みつけながら夕日に突っ込んでいく。けらけら、きらきら、笑いながら。

 あつくないのか。どこか沸いた頭で思う。

 けれど振り返った彼が奇麗に笑うから、世界を魅了しようとするから、きっと夕日さえ彼に見蕩れるんだろうなあと。――――予感でも直感でもない。
 これは断定だ。

「赤司っちと仲良くなれてオレ、嬉しいっス」
「邪険にした覚えは無いが」

 確かに、カラフルでちかちかと瞳を彩る彼等を苦手とはしていた。けれど、親しくしなかった覚えは無い。むしろ、いっそ乞うようにしながらことばを紡いでいた、記憶がある。
 彼等の存在ごとに、私はずっと魅了されているのだ。両手で掻き集めてもまだあまるほどの才能、それを活かしたプレイスタイル、人柄。すべてに。

 それに、涼太の吸収力の高さは目を見張るものがあり、順応性も高く教え甲斐がある。入部当時、テツヤに指導係を任せつつもつい口を挟んでしまったことが何度もあり、目を掛けすぎだと真太郎に軽く怒られたか。
 つい、そうついでひとを引き寄せる涼太。

「ええでも、何かよそよそしかったって言うかー」

 透き通ったネープルスイエローが、私を彼自身の眼球へ転写する。くるり丸い瞳で揺れ泳ぐ私は無様だと思うのに、どうしてたって魅了されてしまう。キセキの世代に魅せられる、もしかしたらそれ以上に。
 世界を手玉に取る男だ。果たして、ただの女である私が抗えると言うのか。

 私を食うのは、底抜けに溶けているきいろの目。舌を出さない瞳孔はうそつきだ。

「・・・・っ、そんなこと、無かったと、・・・思うけど」
「えー・・・よそよそしかったっスよねえ黒子っちー、紫原っちー」

 同意を得ようとしているのか、語尾を上げるようにして涼太は私の前から剥がれる。知らず、胸を撫で下ろしていたには多分、あともう少しで飲み込まれそうだったから。
 顔の造形だけで言えば、真太郎の方が奇麗だ。あいつの顔は、とくべつ奇麗。
 けれども涼太は、顔の造形云々以上に魅了するのが上手い。自分の活かし方を、魅せ方を知っていて、意識的にも無意識的にも常に黄瀬涼太と言う存在を周りに振り撒く。魅せ付ける。焼き付ける。
 笑顔ひとつを取っても、花が咲くように――――いや、花さえ咲かせてしまうほどの、威力を持って胸に飛び込んでくる美しさ。
 いつもうっかり受け取ってしまうのだ。馬鹿なことに。思い上がらないだけ未だ、理性だと言い聞かせて。

「そんなこと無かったよー?」
「黄瀬君だけじゃ無いですかね」
「えええ、そうなの。えっ、そうなの赤司っち」
「・・・さあ?」
「えーどっち!」

 涼太が笑う。

 両手を開いて、夕日を掻き回すようにしながら晴れやかに。酷いなあと言いながら、ちっとも、堪えていない癖にケラリカラリと笑い声と笑顔を当たり前のように辺りに振り撒く。暴力的なほどの火力、彼は私の世界なかで燃える。
 その火に当てられながらもしらりとしているテツヤ、意に介しても居ない敦。三人が、それぞれの色を振り撒き滲ませ打ち上げ、主張する。三色のコントラストは夕日の何倍も美しい。何倍も、何十倍も鮮やかな色が私を染め上げているような感覚、錯覚。
 花火みたいだ。

 彼ら六人。さつきも入れて、全員織り込んで発色する暴力的色彩。最大火力で振り回される魅力。
 花火みたいだ。どこまでも奇麗だ。

「・・・・とっとっと、オレらはここらでお暇っスねー」
「、ああすまない。また結果送らせる事になってしまったね」
「オレは気にしないしー」
「僕もですよ。それに、楽しかったです。今日一日有難う御座いました、赤司さん」

 赤司を表札に掲げる家、つまり我が家。目敏く見つけた、と言っても何度も送って貰ったからだろうが、涼太はその場でクルリと一回転し、左手を胸の前で軽く振る。おどけた仕草でわざとらしい、それでも良く似合っているからずるいな。
 だって一瞬、私ごと。
 私ごと振り回されたんじゃないだろうかと。

「またあした!」
「ばいばい赤ちん」
「ご両親もまだ帰っていないようですし、お気をつけて。何かあったらボクではなくても、誰かにメールでも送って下さいね」
「また明日、ばいばい。そして・・・・テツヤの過保護」

 意図して渋面を作って見せれば、軽く笑いテツヤが携帯を振った。連絡待ってます、そういう、ことだろうか。
 電子で飛ばされる文章はことばはどうにも胸糞が悪い。いつしか言ってたのは誰だったっけ、目の前の少年だったような気がするのだがさてはて。

「いつでも新着メール問い合わせしとくっス」

 悪ノリを咎めようと思ったのに、するり絡んできた腕に邪魔をされる。

「オレも待ってるー」
「はは」

 仕方ないねえと、笑ってしまう。花火まみれの夜空に星を楽しむ風情なんかどうにも残っていないらしい。

「・・・・さて、」

 家に入るまで見送る、と言う三人を押し切ってから家の鍵を取り出す。鍵穴に鍵を差し込む、と言う単純な作業に取り掛かりながらふと、気づいた。
 ポストに何かが、白い箱のようなものが奇麗に収まっている。若干へこんでいるのは、サイズが合わなかったからだろうか。無理矢理押し込まれている、が正しいかもしれない。

 ぞわり。

「何、だ?」

 しばらく奮闘し、取り出してひっくり返してみるが、雪でも塗りたくったみたいに真っ白で無愛想な包装紙には何も書いていない。宛先も、差出人も、何も。それはあまりに不自然すぎる。思わず、眉を寄せた。

 ざわり。

 駄目だと、誰かが騒ぐ。直感だった。

「・・・・・何なん、だ」

 脇に抱えて玄関へ滑り込む。しっかりと鍵を閉めてから、不気味なだけの包装紙を破いた。ただ、どうしてだろう。違和感よりも嫌悪が先立つ、何かが誰かがずっと、これは駄目だと騒いでいる。白い箱の中につまっているのは、不快になるだけのものだと。
 私は忘れていたのだ。

 視線は無だった。
 けれども、あの視線は牙を向くことは無いとある意味での信頼を、寄せてしまっていた。無欲だったからって、その視線の主まで無欲であるはずが無いのに。三大欲求の欠落した人間など、人間では無いのに。
 慣れは油断と直結する。忘れてしまっていたにしては、随分な自業自得だろう。

「中身は・・・・・・・・、っ!?」

 真っ白い包装紙、真っ白い箱。
 暴いた先、ごろり、と瓶が転がり落ちる。軌道を辿って顔を上げる。瓶は、ごろり、と廊下の先に向かって一度転がった。
 暗がりに身体半分を浸した、瓶。

 透明な瓶。

 真っ白の、中身はこれは、何。

「お、え、・・・っ、クッ、ぐふ」

 嘔吐をやりすごしながら瓶を睨みつける。これは何だ?愚問だ。知っている。私は純真無垢な可憐な少女を気取るつもりは無い。
 叩きつけられたこの、白は、液体はこれはただの欲だ。唇を噛み締める。気持ちが悪い、この、これが私のテリトリーに存在していること、それがどうしようもなく。

 笑みが転がり落ちた。
 テツヤの肌とは似ても似つかない歪みきった白が私を。私を。私に残る彼等の残像を汚す。

 携帯が軽やかな音を奏で、着信を告げる。亡き王女の為のパヴァーヌが、流れ出す。敦から飛ばされた、テツヤが胸糞悪いと言い捨てた電波。いつもなら救われるはずのメロディーは、今はただ嘔吐だけを呼んだ。玄関先に荷物をすべてぶちまけ、洗面台に飛び込んで叫びたいことば総てを丸ごと、吐き出した。何度も、何度も。

 鏡に映るのは、先ほどまで笑っていた誰かとは似ても似つかない私。

「・・・・うけとれるわけが」

 花火は落ちた。



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