背後から伸びてきた腕が、安っぽい青を作り上げた。
 気がしただけだ。

「・・・・大輝」
「なに」
「何」
「・・・・・・・んだよ」
「何が」

 首を這う息は熱く、重い。あまりの暑さにバテたんだろうと結論付け、スポーツドリンクを与えてやろうと思うのだが如何せん腕の拘束は緩まる気配が無い。
 挙句、脚を掬われそのまま大輝の脚に挟み込まれることになる。ボールを胸に抱えた170弱の男を背後から抱き込む190弱とは世間様からどう見られるのか。それと先ほどからちらりとも視線を寄越してくれない一軍メンバーたちに情も涙も無いのか。
 たまたま来ていた三軍の一年なんかは、目があっただけでライオンとジャガーが戯れている図に遭遇でもしてしまったかときのような悲壮な表情を浮かべた。挙句涙目だ。泣きたいのは僕だ。

「離れろ」
「どーして」
「如何して。」
「やだ」
「子供か」
「こどもだわ」
「離せ」
「だが断る」

 単語を投げつけあうような会話は好い加減やめたい。と、言うよりも練習の再開をしたいのだがこの腕が、脚が、畜生無駄に長いそれらが僕を拘束して話さない。陳腐なのに振り払えない。絆されているのは自覚済みだ。
 仕方なく腕に頬を乗せて脱力すれば、僅かに力が緩むのが解った。
 腕ごと締め上げられていたからとりあえず腕を大輝の腕の外に出し、その手で部誌をめくる。断じて逃げることを諦めては居ないのだが、少々億劫になっている点は否定しない。

 出来上がったとでも言うように。
 目を細める大輝の笑顔ったら無い。嬉しそうに、何かを買い与えられたちいさな子供のよう、機嫌良く。
 目の前が真っ青に染め上げられる。

「・・・・・で、目的は」
「うん?」
「いきなりこうやって抱きついてきた目的だよ。テツヤにでもくっついとけばいいのに」
「えーやだわーテツにやったら殴られるし」
「成程?僕は舐められていると言う解釈で構わないかな」
「違うって・・・おこんなよーこっち向けよー。つうかんなちっこい字ィよく読めんな」
「視力は?」
「両目とも2.5」
「読めるだろうねお前にも」

 海と空がだいっきらいになってしまいそうな男、いやもう夏と言う季節に関しては青に殺意しか沸かないか。

「・・・・ハッ」
「ふん」

 癪に障る、嫌悪を前面に押し出して片目を眇めるような表情をしているのに、何でこの男は僕を離さないのか。

 触れた肌、汗が混ざって熱が伝わる。擬似的な、ひとつになった感覚。

 大輝とひとつになったとしても、主人格はどちらかと言う事で激しい言い争いになりそうではあるけれど。
 つまり、真太郎風に言うと相性が最悪。なのだよ。

「あー・・・・イチゴ味」
「色で判断は良くないと思う。のだよ」
「イチゴ味しそうだけど、・・・しそうなのだよ」
「しないのだよ」
「いや絶対するのだよ」
「相変わらずお前、はっ、ふっくく・・・・たんさいぼうなの、だよ」
「う、く・・・・ははははっ」
「はい大輝の負ーけー」
「ちっくしょー、くく、あっはははは」

 笑いながら肩に顔を埋めてくる男の後頭部を撫でてやる。けた、けら、良く笑う奴だ。

 だがしかし厄介なことに、景色はもう真っ青け。

「――うーし赤司補充完了ー」
「勝手に充電しないでくれるかい。僕よりも癒される奴なんていくらでも居るだろう」

 背中の熱が崩れた。と、思ったのも束の間猫を思わせる動作で立ち上がった大輝がごきりと首をならす。
 ものとものの境界線すべてに青が見える。
 気がする。不快だ。

「さてな」

 すべて知っているとでも言いたげな笑顔が実に鬱陶しい。ので。

「メニュー六倍。偶数は良いね端数が無くて」
「えっ」

 青に報復。



翻した反旗の色はさて、