ふとした会話の隙間。誰も居ない空き教室、彼の城だと言われているそこでつらりと、話していた。それだけ。
 なのに、彼はつうと目を細めて、何かを見つけたように軽く目を見開く。ぞろりと肌があわ立つ、ような、感覚。

 食べたい?

 そう言い彼は不敵に、わらうように頬を歪めた。笑みを型取りはしないのだ、どこかいびつに崩れる癖。彼の顔が相手の神経を逆撫ですると言う目的以外で柔らかな色を浮かべるのを、オレは見たことがない。
 今もそう。だが、笑顔と言うにはいささか乱暴につくられた顔はそれでも喜色を滲ませて、いる。目を細め威嚇するように睨みつければ、くつりとわらいごえだけを漏らした赤司っちはオレにてのひらを見せた。否、違う。赤司っちはオレに手を、てのひらを伸ばし、軌道を辿るオレの目前で一度パタリと揺らして。

 次の瞬間には顎が鷲掴まれていた。

 そのままぐいと強い力に引き寄せられ、かるくせき込む。視界の端にちらつく窓に切り取られた空は青く、青ざめて青く、高い。
 下唇を押す人差し指、中指から小指は頬に埋め込まれて、親指は喉仏を圧迫している。そのまま彼は、オレを引き寄せているのだ。

「・・・・答えろ。駄犬を飼った覚えは無い。僕はお前に聞いたね、涼太。――僕を食べたいか?」

 けふりかふり、せき込むオレに淡々と赤司っちは問いかける。詫びる様子も心配も無い、ただ、答えることだけを義務付けられた質問だけがオレに突き刺さり、そうして、彼もオレもそれが当然だと思っている。安い許容だ。

 嫌悪感は無い。喉仏を押し上げる親指がそれでも僅かな優しさを熱を持つから、オレはいつもこの王サマがどうしようもなく愛しくなっちゃってだいすきが溢れ出しちゃって、馬鹿みたいに、馬鹿でいる。王サマが愚かだねとカワイがる子を、ぶるのだ、オレはいつも。狡猾なのも計算高いのも知った上でこのひとは、オレが演じきっているうちは愛してくれるに違いない。
 不毛ですねと、いつだったか黒子っちはわらってた。

「赤司っちは、・・・たべものじゃ無いでしょう」
「質問に質問で返されるのはあまり好きじゃないな。涼太、簡潔に答えろ」

 て、言われたって、ねえ。
 後頭部に手を当てて、ヘニャリと誤魔化すようにわらってみる。鋭くなる赤司っちのめは茶化すな、そう語るけれど、オレは意図して気づかないふりをしながらへらへらわらう。
 顎をからめとる彼の指に力がこもり、いっそうきつくなるこうそく。げふ、酸素を求めて自然とせきが。

「白々しいね、見ているじゃないか」
「みてる?――誰がスか。赤司っち、もしかしてストーカー被害とかあってんの?はやく言ってくれれば良いのに・・・・・・そう言うことなら今すぐにでもそいつ、叩きのめして来、ん」
「、こら」

 人差し指が下唇を押し上げ、オレのくちは半強制的に閉じられてしまった。不満を全面に押し出して目を細めれば、クスリとわらった赤司っちがオレをつかまえる右手とは逆の手で頬を撫でてくれる。

「何スか?ほっぺた、何かついてる?」
「頬がついてるねえ」
「まあそりゃあそうっスけど・・・」
「涼太、すぐ暴走するだろう?確かにお前は従順で狡賢いやつだけど、そう言うところだけは敦と同じくらいに盲目って言うか…すぐ前が見えなくなるんだから」
「紫原っちとくらべられるのはちょおおっと、いやかなあり、心外っス」

 脳内に図体ばかりでかい男が沸いて出て、手で追い払うようにぱたぱた閃かせながら顔を歪めてみる。さらに可笑しそうな顔をして、赤司っちはそこでやっと、顔を鷲掴みにしていた指を外してくれた。かわり、とでも言うように右手も頬に添えられて、彼に頬を包まれ顔を覗き込まれると言う展開。

 体温が心地いい。耳をくすぐる指先に自然笑みがこぼれる。腰を折り、目で確認を取ってからその場に座り込み、彼を太股の上に引き上げた。赤司っちはこの歳の男にしては背が高い方だけど、オレにくらべると華奢で小柄で、簡単にだきくるめてしまう。そりゃあ紫原っちみたいに完全にとはいかないけれど、ぎゅってするのはすぐに出来てしまう。

「ねー赤司っち、食べるってどう言う意味っスか?」
「うん?」
「さっき言ってたことっスよお。もう忘れたのー?」

 頭を撫でられるのは気持ちが良い。彼の手がオレの髪を掻き回してやさしく梳く、とろりと理性みたいなものが溶かされてゆくようだ。

 赤司っちは首を傾げる。オレの顔を覗き込み、探るように目を細めてだって、と、言う。だって涼太。
 柔らかく彼は、わらった。

「ずうっと物欲しそうに見てるじゃないか、僕を。」

 そうだったっけ。そうだよ。
 良く解らない。

 ただ、頬をくすぐる彼の指先に噛みつきたいなあとか思っているのは事実で、そんなのを見抜いた赤司っちはやっぱり凄いなあと思う。

「食べたいんスかねえ」
「いや知らないよ。だから僕は今その確認を取っているんだけど」

 細い腰を締め付ける。縋るように甘えるように首筋に鼻を埋め、すり寄る。
 ちいさく息を吐いた赤司っちは、柔らかな笑みを浮かべたままオレの唇を、食った。



未発達の檻