「猫になりたいなあ」
ええっと、素っ頓狂な声が僕の耳を打った。彼の掌から零れ落ちるお菓子の束に、敦、と苦笑しながら散らばるそれらを掻き集める。
「赤ちん、猫さんになるの」
「ならないよ。なりたいだけ」
「なりたいんだ」
「なりたいさ」
敦は何になりたい?聞きながら、集めたお菓子を彼の胸に押し付けてやった。いささか乱暴なその動作に、敦が困ったように眉を寄せ、そのままの表情でちいさくわらった。伸ばした指で、僕の喉をくすぐるようにしながら機嫌良さそうに目を細める。
ごろごろごろ、僕が猫なら喉を鳴らしてやるのに。
「赤ちん、じゆうになりたいんだー」
首輪は無い。
なのに、辿るようにぐるっと、敦の指の腹が僕の首を一周する。他の奴にされていたら跳ね除けているところだけど、敦だからつい、油断してしまう。
首なんて急所をあっさり、差し出してしまう。
「自由?僕は何かに縛られた覚えは、無いけど」
「んー、そうー?」
「そうだよ」
「じゃあ、何で猫さんになんかなりたいのさー?」
「あーどうしてだろう」
そこまでは考えてなかったねえ、苦笑しながら頭を前に倒せば、今度はうなじをこしょこしょと敦の指先がくすぐる。俯きがちの僕の顔を覗き込んでへらりと破顔する彼に、つられて僕もかるくわらった。
「飼われたいのかもしれないね」
意外ー。
ゆるいくせにどこか鋭い声。上目遣い気味に敦を見れば、唇の端の食べかすを舐め取っていた敦が鈍くほほえんだ。捕食者のめだなあと、ぼんやり、思う。
「飼われたい?どうしてさ」
「んー・・・僕は常々、支配する側だからね。ああ、不満は無いよ?そう在って当然であるとも思うさ。ただ、ね。たまにはそういう瞬間があるってこと」
「んんー?あまえたいんだー?」
「否。猫になりたいのさ」
「わっかんないわー・・・わかんないわー」
「あはは」
まめのある掌を撫でて、ぽつり。
「ねえ敦?僕が猫になったらどうか、捨てておくれよ」
「なんで、?」
飼いたいのに。唇を尖らせた敦が掴まえようとするみたいに僕に向かって両手を広げる。するり、逃げながら足元の飴玉を投げつけた。大袈裟に、つぶれたような声を上げて敦が後頭部から空の青に沈む。
みたいに、見えただけ。
「・・・・・さあ、」
なんでだろうね。
言葉尻をすくうように敦の腕が今度こそ僕の腰を捕らえた。
「捨てたいなあ」
何を、と敦は聞かない。黙りこくったまま、鼻先を僕の肩に埋めて軽く唸っただけ。
「猫に、なりたいなあ」
「じゃあすててあげるよ」
ぽつり、呟いて。ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、苦笑。後頭部にひとつ、キスが落ちてくる。敦はそのままにおいでもかぐように息を吸った。
「そんでひろったげる」
熱ばかりの息が、首にかかる。
「飼ったげる」
有難うと言う換わりに次はさかなになりたいと言えば、彼は何て答えるだろうか。思った空に二人で沈む。
気がした。幻想だ。
「それか飼われてあげようか。そしたら赤ちん、全員がにげだしてもオレはのこるよ」
「・・・・こうもり。」
ちいさく敦が笑った。
「赤ちんなんか、トラになってぐるぐるして、そのままバターになっちゃえ」
「食うか?」
「お菓子にしてあげる」
「そりゃあどうも、」
さかなになったら、今度こそ敦は溺れさせてくれるかな。それとも一緒に沈むと言い出すだろうか。
喉をくすぐる敦の指に目を細め、ごろり、喉を鳴らしてみる。
Alas for poor ×××!
羽をくれ鳥になりたいととある誰かが言ったから、猫になろうとしてみただけ。
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