すきなものは。

「他人の不幸。」

 言い切れば、傑作、と叫びながら笑い、崩れ落ちた後頭部を若干の哀れみを込めて見下ろしながら首を鳴らす。かきん、軽い爆発音。
 蹲った体勢を上げて、目に涙を浮かべたままふたつめの質問。好い加減うざったい。

 じゃ、きらいなものは。

「イイコちゃん。」

 ぱらり、紙をめくる。電子書籍なんてものがどうやら流行りだしているらしいが、本はやっぱり紙媒体が一番活きると思っている。まあ好み、趣味の問題って言われればそれまでだが。
 ふう、軽く息を吐く。机の端に指を引っ掛け、そのまま身体を引き上げた今吉クソ野郎に張り付いた薄笑いを睨みつけ、糸のように細い眼が抉れることだけを切に願う。

「なーまこっちゃん」
「だァれがまこっちゃんだ今吉手前」
「周りにひと居らんからって態度悪すぎひん?いつもやったら、今吉せんぱいカッコはあと、って呼んでくれるのに」
「あーそうですネー今吉せんぱいカッコ殺って呼んでますねー」
「相変わらずつれへんおひと・・・」

 ぐっと身を乗り出して、本とオレの顔の間に顔を突っ込むぎりぎり手前。良く動く唇に今すぐ何かを刺してやりたいが、生憎今の手持ち装備は図書室の本のみと言うなんとも殺傷力の低い武器だけだ。いざとなれば躊躇い無く仕掛ける気では居るが、果たしてこの妖怪もどきにどこまで通じるか。

 ひとが良いです。
 を、前面に押し出した胡散臭い笑顔を片っ端から無視し続けながら文字の羅列を追う。正直頭には入ってきていないし、それはこの眼鏡も知っているに違いない。

「つうか、何してんだよ今吉。こーこ、中学校ですけど。アンタ確か高一ですけどそこんトコどうなの」
「不法侵入はさすがに出来んわー」
「聞いてんのか。何で居んの」
「花宮に逢いとうてなー」
「ハッ・・・怖気のする殺し文句をどうも。花宮リアルに死んじゃいそうなくらいウレシイですう」

 可愛くない。叫んで笑いながら今吉のむかつく顔が机の下に消える。笑い上戸なのか、普段もにやにやと鬱陶しいがオレが口を開くたびに爆笑されるのも心底不快だ。
 司書がじろりとオレを睨んだ。何でオレ。無実だ。

「花宮ァ、じゃ、きらいなひとはー?」
「木吉鉄平君はあと」
「うわっはは、はあと込みかい」

 眼鏡の奥の細い目をさらに細くして、声を弾ませた今吉が机を回りこみオレの隣の椅子に陣取る。右頬に突き刺さるいやにねちっこい視線、ああ、苛々する。

「すきなひとはオレやな」

 断言された。
 本から顔を上げる。感情の読み取りづらい笑顔が静かにオレを見、そうして、伸ばされた掌に目尻を撫でられる。鬱陶しい手付きだった。

「あーそうですネーー今吉先輩のことはあ」

 伸ばした語尾の先をわざと切って。

 ひとが一番、他人に踏み込まれるのが嫌いな距離まで顔を近づける。近距離、極上の笑顔で最高の猫撫で声で言ってやった。

「木吉よりも殺してやりたいですねえ、ある意味」
「わお、過激」

 机に突っ伏して笑い続ける黒髪に振り下ろす辞書を選りすぐっているとまた伸びてきた掌に、また触られるのも癪で身を引く。が、予想外に腰に回ってきた腕に抵抗すら忘れて目を見開いた。
 無防備に。馬鹿なことだ。今吉の前で、無防備にただただ驚くなんて、馬鹿のすることだ。
 こてん、と首を傾げた今吉。可愛い子ぶってでも居るんだろうかこの腹黒眼鏡。

「・・・・でえ、花宮。すきなひとは、」
「今吉サン」
「は、上出来」

 逢いたかった。
 冗談めかしたことばなんてきっと嘘だろうから、かっぱりと開けた口で、閻魔を気取って今吉の舌に噛み付いてやる。
 すきなひとは今吉。
 嘘だって見抜いている今吉自身も、どうやら閻魔になりたいらしい。舌に食い込んでくる真っ白いんだろう犬歯は酷く鋭利だった。



カイン問答





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