祭りに行こう。赤ちんがめずらしくも機嫌よく言ったものだからほいほいと付いてきたけれど、ちょっと、後悔。ひとの声、声、量、ああもううるさい。

 すくいあげた氷をくちに含めば、きんと冷えた糸が脳の真ん中に突き刺さる。舌のうえでひろがっていくつくりものの苺味、暴力的な赤色は冷えてるくせにどこかぬるい。ストローが流したピンク色の汗が手の甲に落ちて、べたべたと居座った。
 べろりと舐めとる。肌の、しょっぱいような無味のようなよくわからない味が苺とまざりあって、ただ不味いな、と思った。

「敦。かき氷、溶けて肘まで垂れてるぞ」
「ええ、ウッソ、どこ」
「右肘…ほらハンカチ、これで拭け」
「赤ちんふいてー」
「あーもう、」

 差しだしたオレの腕をとった赤ちんがきんぎょのおよぐ薄い布地のハンカチをあてがって、文句を言いながらそれでもふいてくれるんだから、やさしい。

 赤ちんのくびのうら。付け根に浮きあがる骨。オレの手の甲はおいしくなかったけれど、赤ちんのくびはいやにおいしそうだ。
 たべてしまえ。
 誰かがいう。あらがいがたい、魅力的な誘い。甘ったるい声で誰かが言うのだ。たべてしまえよ、歯を立てて食いちぎって、貪って、そうしたらきっと満たされるよ。きっと喩えようもないくらいにあまいよおいしいよ。

 ぱかり、くちを開けてみる。うつむいた赤ちんのくびの白、彩る真っ赤、ふせられた目の鮮やかな対極。
 たしかに、おいしそうだった。

「…敦?」

 ふと赤ちんが顔をあげてくびを、傾げた。くちを開けたオレを不思議そうに見あげ、数度まばたきをする。困った顔、それでちょっと心配そうに眉をさげて。
 濡れたひとみ。よくみないと解らないけれど、ちょっとだけ色素の薄い赤ちんのひだり目。
 苺味と、何だろうオレンジかなあ。

「…赤ちん」
「何」
「たべていい?」
「何を。わたあめか?りんご飴の屋台ならさっき通り過ぎたが」

 祭りの喧騒がとおくなる。人波が赤ちんをさけてひろがるからよけいにかもしれない。
 ちがうよ、と声をかける。つりあがった目が静かにみひらかれて、あつし、とちいさくオレの名前をよんだ。

「オレ、赤ちんたべたい」
「…休憩所は向こうか。敦、すぐ行くぞ、すぐにだ。迅速に早急に」
「ええー本気なんだけど」
「人肉は脂っぽくて不味いと聞いた。思い直せ敦」
「あまそうだよ」

 深い紺色の浴衣をきている赤ちんはべつのひとみたいに見える。あたりは暗く、屋台と提灯のあかりだけで照らされていて、ふだんも来たことのある神社なのにまるでべつせかいみたいで、べつせかいのべつのひとの赤ちんが静かにオレを見あげてて。
 どんな味がするんだろう。赤ちんだからやっぱり、甘いだけでもないのかな。

 名前を呼んで袖をひく。赤ちんのゆびさきにぶらさがった黒と金の水風船がゆれて、ばちゃり、と音をたてた。
 崩れたかき氷の一角が地面におちてじわりとひろがる。

 赤ちんがゆっくりとくちをひらいて、笑みをかたどった表情をわずかに崩してくびを傾げる。真っ白に青色の血管が模様みたいに走って、たしか動脈って言ったっけ。

「ね、赤ちんちょうだい」

 赤ちんの声は、よく聞こえない。



泥甘なら舌のうえ