確か初めて彼を見たのは、木吉が中一の夏だった。空は蒼褪めているのかと思うほど青く、吸う息も吐く息も自身の体温さえ熱い。うだるような夏の日の、熱気に満ちた体育館。

 コートの中、小柄な少年が駆け回ってきっちりと一点ずつを決めてくる。

 味方に回したパスが、ふと伸びてきたそのちいさいてのひらが翻った途端に敵の手へと渡っている。魔法のようなプレー。窓の向こうから聞こえる蝉の甲高い鳴き声に掻き消されるほどのちいさい足音、滑り込んでくる痩躯。またスティール。
 その練習試合で、木吉は人生で初めて天才を見た。

「お前、!」

 試合が終わり、帰ろうとしているその腕を掴んだ理由は木吉自身よく解らない。だからだろうか、掴み、振り向かせたけれども何も言えなくて口篭ったのは。
 少年は片目を眇めるようにして苦笑し、なに、酷くゆっくりと語りかけるような調子で、自身の腕を握り潰さんばかりに力を込める木吉のことを見上げる。何のことばも用意していなかった木吉は視線を左右にうろつかせながら首裏をかくばかりだと言うのに、迷惑そうな顔もせず、ただ愉快そうに口角を緩めて。

「いや、いや・・・・凄いなあと・・・・おう」
「ふは、や、マジでなんなのおまえ。おまえだってスッゲーじゃん。練習試合ったって一年?だよな?・・・で、スタメンだろー」
「お、あ、おう・・・?」

 自分が“凄い”ことに気がついてもいなさそうな、彼。少しつりがちの目は面白そうに細められていて、木吉のすることを心底面白がっているようだった。
 夏空には似合わない、不健康に白い肌と真っ黒い髪。およそ先ほどの少年とは繋がらないその姿に、落差に、逆に高揚する心を知る。すごい。だって木吉の中にはまだ残っている。今さっきまで魔法使いだった少年のことを、確かにその目で捉えてきた。

「名前」
「へ」
「へっ、じゃねえよバァカ。おまえの名前だよ。いきなり腕掴んでおいて、それだけだからバイバーイってするんですかあ。失礼な奴だなおい」
「あ、ああ、そうだな。木吉だ。木吉鉄平」
「ふうん、木吉クンねえ」

 遠くから、恐らく少年のものだろう名前を呼ぶ声がした。焦れた調子のその声に、いやに間延びした声ではあいと返事をした少年は、木吉の指を腕からゆっくりと剥がしながらひとつ笑みを含んだ声を落とした。
 それは遠くから聞こえる音と同じ形をしているのに、どうしてか、木吉の耳にはまるで別の形になって届く。

「花宮真」
「、おまえの」
「名前だよ流れ読めよ」
「だ、よな。すまん」

 まだ小学生に近い体躯の少年は、花宮真は声を上げて笑う。

 そうして呆気なくじゃあなと上げられた片腕を、先ほどまで木吉が拘束していたその腕を見ながらどうしてだろう、何故だか聞いてみたくなって、木吉は解りきった問いをぶつけた。

「なあおまえ、花宮!バスケすきか!」

 若干面倒くさそうに自身の名が呼ばれる方向に向かって歩いていたと言うのに、その台詞に花宮ははじかれたように振り返った。

 そうして宙を仰ぐ。呆れたと言わんばかりにわざとらしく。眩しいばかりだろう太陽の方向に鼻先を向けて、はあと息を吐くと言う念の入れようだ。

「木吉クンさ、本当、なんなの」

 その姿こそ馬鹿にしたようだったけれど表情はと言えばまるで違って、花宮はカラリと軽い笑顔を浮かべているのだった。
 少年らしい、不健康そうな所などまるでない、えがお。

「バァカ、当然だっつうの」

 あたり一面が夏に満ちている。風はぬるく、木吉と花宮の間を割って通り過ぎた。


夏の形骸




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