※ファンタジー/軍とか何とか/酷いパロディ/とても特殊
※流血/暴力/キャラクターにより殺戮/怪我等の表現有り
※回覧後の苦情は受け付けられません
それでも宜しければ!





 影、と呼ばれるそれが居る。男ではなく、女ではなく、まさしくそれとしか言いようの無いそれが、居る。影と呼ばれていたが、今は黒であり、または暗雲とも称され、ときに煙と呼ばれている、ただのくらやみ。そう呼ばれる存在が確かに存在するのだ―――と。
 彼は淡々と語り、そうしてひとつ首を傾げてあっさりと言い放った。

「まあ、僕なんですけどね」

 ことばと共に閃いた刃は今まさに彼に斬りかかろうとしていた目前の男の喉元を掻っ切る。今更感嘆さえしないその鮮やかな動作を動きを止めたまま見詰めていた火神だったが、斬っても撃っても蹴っても沸いてくる男達のことを思い出して取り落としかけていた太刀を慌てて握り直した。

 彼はそんな火神をちらりと見やって、死に掛けるまでと助けませんよと初対面時に豪語していたそのことばの意味と全く変わらない動き、つまり男達の中に火神を捨て置き魔法のようにひとで溢れかえっていた乱戦からすり抜ける。あそこまで堂々と抜け出ていると言うのに誰も気にかけないのがまた、何と言って良いものか。
 諦めにも似た気持ちが胸中を満たすのを感じながら、刃物としてよりは鈍器として扱っているそれを振り回しきっちり十人倒すのを確認してから火神は彼に吼えた。舌の上を這うのは血の味だ。
 誠凛の理念はただひとつ‘不死’。傭兵集団ではあれど、守るべき規律はある。

「お前は!」
「・・・・・僕への命は撤退の合図を受け取る、それだけですから。あ、でも貴方達への命は陽動です。敵を引きつけ、一転に集中させること。それは聞きましたよね」
「だからっ!聞いたっつうの!」

 目前に滑り込んできた男の一撃、さばく、バックステップ、眉間につま先を叩き込む、空いている手では引き金を引いた。腕への衝撃、そうして音と共に背後から吹き上がった鮮血が首の裏をなまぬるくあたため、どろりと粘着質な液体が背中を伝う。防弾チョッキはどこにやったっけ。背後の銃口が火を噴く。
 が、火神はひとりではないのだ。真横に転がった火神とほぼ同時に飛び込んできた小金井が男の握っていた―――グロックだろうか、を蹴り落とす。そのままアサルトライフルを構えて周囲に乱射。相変わらず残弾の計算はしない主義のようだ。

「傭兵。・・・・・じきに撤退命令が出ます。その際には大人しく従って下さい。ねえ、確か誠凛共通の理念は‘不死’でしょう。以前のようにだらりだらりと残ったりなんてしないで下さいね、あの時は非常にひやりとさせら、―――先輩そろそろ」
「伊月だろ!もう合図は出してる!」
「・・・・・・それは失礼」

 鮮血。鉛の弾が相手の腹を打ち抜く。ついで周囲の男達の頭が弾けて、辺り一面を更に赤く染めた。踏み出した靴底が血で滑り、僅かに体勢を崩した火神に向かって容赦なく放たれた剣戟の主をうるさそうに蹴り倒したのは日向だ。倒れた男の背中を踏みつけたまま日向は舌を打ち、ついで一瞬でも油断した火神に幽鬼の如く微笑んで、彼は真上に拳を再び突き上げた。

 先ほどの弾の雨の前の動作であり、狙撃を促す合図である。

 間近で上がる血しぶきをきっちりと被りながら怒鳴り散らすそのひとを若干薄ら寒い思いで眺め、ああ、ふと火神は胸中にことばを落とした。
 彼には良くある、衝動じみた感情の断片。ふと冷静になる一瞬。自分はひとごろしなのである、と、例えば足元に転がる手足の千切れた躯だったり、てのひらに絡みつく血だったり、みぎでもひだりでもどこからでも上がる断末魔だったり、助けてくれ生かしてくれと喚く男の声を掻き消す銃声だったり、そんな。有り触れている景色のなか、ふっと我に返るのだ。

 ひとごろしである。
 自分が今突き刺した男の腹に流れているのは自分と同じ赤であり、崩れてゆく体躯は自分と同じ構造である。
 にんげんをころしているのだ、と。

「故に、君は優しいのです」

 火神の思考を濁らせる声で、歌うような調子で彼は言った。いつくしむような口調の彼は先ほどからぼうっと突っ立っているだけだと言うのに、誰も彼には見向きもしない。敵味方関係無く浴びせられる狙撃から逃れている素振りも無い。
 それでも無傷。幽鬼なのはきっと、日向ではなく彼なのだろう。

 思って火神は目を細めた。瞼の上をぱっくりと裂いたナイフを叩き落して深く身を沈め、地を蹴る。寸分狂わずに眉間を突いた己のナイフも中空を舞い、あっさりと血の海に転がった。
 鈍く光る鉄にはきっと、未だ火神自身の体温が残っているのだろう。
 ぼんやりとそれを見下ろしながら、そんなことを彼は考えた。考えながらも機械的に消して行く命に対してはとっくに懺悔をやめてしまった。

 しかし懺悔するのは必要だとして、少なくとも今では無い。
 いつだったか今のように余計なことばかりを考え、ひとごろしであると言う事実に耐えかねて蹲った自分のことを庇って傷を負ったひとはそう言った。否、怒鳴るような調子であった。
 背に傷を負い、血をばたりばたりと地面に落としながらなお叫んでいた少年のことを、今よりもずっとちいさな頃のことだと言うのに未だ火神は覚えている。ずっと彼の根底に根付いている理念でもあった。
 故に、今では無いのだから。

「ごめんな・・・・っと、ふ」

 何事かを叫びながら飛び込んできたの男の首めがけてかかとを落とす。ごきん。鳴った音は鼓膜を揺らさなかった。
 今では無いのだと繰り返し、暴れる心臓に言い聞かせてやりながら転がった腕から目を逸らす。

 降旗だけは一瞬足を止めたけれどそれだけだ。一瞥もせずにまた殺戮に消える。けれど性根ばかりが優しい男だから、きっと今晩は泣きながら今日手に掛けた人間に対してひとり、ひたすらに謝るのだろう。
 割り切りきることの出来ない不器用さは火神にとっては好ましい部分ではあったが、およそ戦闘には向く気性でも無い。
 そのうちに壊れてしまうのではないだろうか、いつだったか似たところのある土田もそう漏らして居た。

「殺戮。そう言えば君、殺戮にちなんだ通り名のようなものが吐いていましたよね、喜ばしくは無いでしょうけど。まあそれは僕もです。通り名とは容姿や戦闘スタイルと共に語られるものですから、名刺を配って歩いているようなものですし。髪でも染めてみます?白とか橙とかに」

 軽口に対する返答は、無い。
 かわりにと言わんばかりに火神が握り込んだコンバットナイフが確かに相手の腹を抉った。見えては居ないが確信する。相手はもう再起不能。
 絶命した男には興味は無い、とばかりにまた身を捻って背後の新たな敵対者を迎え撃たんとする火神のことを眩しそうに先ほどから舌ばかり動かす彼は眺めて、優しいですね、再びひとごろしには似つかわしくない形容詞を扱う。

「確実にころす。僕の知る君と良く似たひとには無い優しさだ。彼は命の重みを何だと思っているのでしょうね、動けなくはするくせにころしきってあげないんですよ。彼がころす者はすべからく失血死。おかげでついたあだなは『蒼褪めた青』。・・・どう思って聞いていたのかくらいは問うべきだったか。ううん、失敗でしたかね」

 この国はほんの数年前まではひとつにまとまった大国であり、そして軍事国家でもあった。

 トゥーカンと銘打たれていたこの大陸は四方を海に囲まれた孤島ではあったが領土は広く、また他国との争いにはある時から数年白星を挙げ続けたほどの強国で、国民は完全なる独裁のもとに統治されていた。
 いつの間にやらついた国名は、帝光。
 反国を掲げていた組織こそ存在してはいたがいずれも戦に手馴れていた国防軍相手には全くと言って良いほどに歯が立たず、ゆるやかに諦めていった国民から薄れていく反発心も相まって、永劫にとは言わずとも帝光の独裁は長く続くだろうと言われていた。

 だが。

 あっさりと帝光は瓦解する。反国を掲げていた者達が初めて手を組み、革命を始めようと思った、その年。
 内側から崩れ、帝光と呼ばれた国は消えた。消えたと言えどもことば通りに無くなったのではなく、唐突に現れて声高に、独裁を敷いた王は既に居らずと宣言した男が居たからだ。

 全身黒ずくめの男は、後に誰かが『シーク』と呼び始めた英雄であり、革命の成功者であると語られている。
 語られている、と言うのは、『シーク』がその後まるで煙のようにどこかへと消えたからであり、そして、何かを知っていたはずの帝光の軍の要で半分生きる伝説でもあった選抜部隊の面々も散り散りに姿をくらませたからでもあり、その後宙ぶらりんになった国が地方ごとに収める領主が分かれてしまったからでもある。
 『シーク』、『シーク』を知る者、そして革命について知りたかった者達の間に舞い込んできたのは、慌しく今までとは全く違った国として作り変えられて行く自分たちの街。

 そうして結局誰であるかは判明しないままに、トゥーカンは大きく分けて三つの地区、そして個々の地域を地区統治軍が治めていると言うのが今の現状である。
 だがそれでも完全とは言えず地区により内情は様々で、地区統治軍同士の争いや盗賊まがいの集団による街の襲撃も後を絶たない。そのたびに巻き込まれるのは何の訓練も受けていない国民であるのは当然のこと。
 故に動き出したのが、傭兵を自称する誠凛である。

「べらべら喋ってんな!」
「・・・・・・・ふ、すみません」

 一応は扱いは客人であるそれに対しても遠慮なく怒鳴りつける日向のことを彼自身も好ましく思っているようで、凄まじい殺気と共に吼えられても酷く嬉しそうにそれは笑む。おぞましいとでも言い出しそうに顔を歪めたのは河原で、反対に豪快に笑ったのは木吉だ。

 敵はもうほぼ壊滅状態である。
 依頼はあくまでもこの場に足止めしておくことであり、皆殺しなどと言う血腥いものでは無かったのだが、いざ戦闘が始まるとお互い死に物狂いである。死なないためにころして居ただけではあるが、おびただしい量の血痕やむせかえるような鉄のにおい、折り重なる同じ軍服を纏った死体たちを前にしてなお未だ戦い続ける火神たちこそ、何も知らない者たちが見ればひとごろしだと唾棄するのだろう。

 それでも構わないと言ったのは木吉だ。そして賛同したのは全員だった。
 だから火神、そしてここに居る全員もそれで良いのだと思っている。護りたいものさえ護れるのならば、もうひとごろしでも何でもすきに言えば良い。

 誠凛。
 彼らは依頼があれば損をしない程度の、だがしかし得もしない量の賃金を受け取り、依頼通りのことをする。傭兵とは言いつつ何でも屋が近くはあるのだが、彼らのもとに舞い込む依頼はやはりころしに関わるものが多かった。
 今回の任務で言えば、足止め。桐皇軍の小隊のひとつが海常の所有している港のひとつに襲撃をかけると言うので、逃げる間だけ進軍を遅らせて欲しい、と言う海常の港周辺に住む住民たちからの依頼だ。

 誠凛は地区には所属しておらず、大商人相田家が所有する僅かな土地に本拠地を構えている無国籍の集団である。故に地区の隔たり無く依頼に応じることは出来たが、同時に各地区統治軍には酷く疎まれている存在でも有った。

「っ撤退!」

 だからこその、撤退。長くひとところに居座り続けていれば、別の地区統治軍が誠凛が疲弊した機会に乗じて一気に潰しに来ると言う可能性は高い。
 撤退は迅速に、規律は‘不死’の何でも屋、それが誠凛である。

「撤退の合図がありました!」

 ああそう言えば、と火神は思った。目の前で恐怖に歪む敵の顔とその後ろでひとり立ちすくむようである彼を眺めながらふと思い当たった事実にひとり、反射的に握り込んだ拳を相手の鳩尾に叩き込みながらも静かに動揺してしまう。隙。狙って投げられたナイフから上体を逸らして逃れる。

 そう言えば、なのである。
 傭兵、と彼は火神のことを先ほどから、否出会った当初からそう呼んでおり、それを常々不快に思っていたのだが、よくよく考えると彼に自分の名前を名乗った覚えは無い。それでも火神の名前は良く飛び交うものではあるのだが。
 知っていても名乗らなければ呼ばない、のか、本当に知らないのか。

 彼を伺い見る。火神を真っ直ぐに見詰めていた彼は、僅かに目を細めて再び撤退を告げた。
 ずっと、彼は応戦している素振りは無い。最初数分だけ戦闘に参加していたが、その後はぽっかりとそこだけひとの居ない空間で火神に向かってゆったりと話しかけ続けていたのだ。
 隙だらけ、狙うならば彼のように戦うことさえ放棄しているような者からでありそうなものなのに、敵の男達は総じて彼の真横をすり抜けて一糸乱れぬ動きで襲い掛かって来た。

 鍛え上げられた軍。ましてや黒字に赤のボタンが示すのは、乱戦の場数を踏んでいる―――桐皇。だと言うのに気づかれない。見落としていると言うよりは、存在していない者として扱われている、ような。

 思えば数週間前もふらりとその場に存在していた。現れたのでは無く、居たのだ。いつの間にやら我が物顔で、談笑する男達の間にぽつんと。
 それは先ほどから火神に語りかけている口調と何ら違わない、ゆったりとしたどこか取って付けられたような印象のある丁寧口調で、無駄に余計なことばを使って交渉を仕掛けてきた。
 要望は、依頼に同行させてくれと言うこと。そしてその対価は、ひとつ同行させて頂くに付け各国の各地区防衛軍についての情報をひとつ寄越そう、と。

 物は試し、と言い出したのは誰も逆らえない相田であり、そうしてその日は依頼により今日のように軍の小隊の足止めをすることになっていたから丁度良いとのことで、彼は傭兵集団、誠凛に同行することを許された。

「火神!」
「わーってる、っす!・・・・伊月先輩は!」
「見つかったっつってとっくに逃げてるよ!あとはお前と俺と、・・・降旗あ!」
「・・・と僕です」
「、あ」

 初めて彼が同行して来た時も、確かこうだった。撤退の声は全員が聞き、そのことば通りに退き始めて指示を出し、だと言うのに誰も彼の存在を歯牙にもかけなかったのだ。
 今日のように彼が自分から名乗り出るようなことが無ければ、恐らくその場に残したまま撤退を完了したに違いない。そしてそれは、今も。

「相変わらずお前、何なんだよ・・・・」
「さっき言ったでしょう。元は影であり、今はただのくらやみです」

 すう、ともう一度彼が息を吸う音がする。
 誠凛は確かに多くの兵士を倒したが、それでも元々の数が違う。未だ統率の取れた部隊は逃げに打って出た彼らを見逃す気はどうやら無いようである。
 圧倒的な人数の差があってなおここまで追い込まれたのだから、当然と言えば当然の思考なのかもしれないが。

「撤退――!依頼主を含む全員が避難を完了したとのこと!今すぐ戦闘を中止し、撤退して下さい!ここ場にはもう、戦うべき敵は居らず!繰り返します!撤退命令が出されました!直ちに従って下さい!」

 各地区防衛軍の情報。対価は確かにそれではあったがそれは彼が知っていること、を解りやすく、そして交渉材料として一番有効に使えるようにと使ったことばであるらしい。正しくは軍に属する極めて異質な存在たちの情報だと言い、語られる男たちの情報はどれも人間離れしたものばかりだった。

 ゆえに当初こそ訝しく思われていた彼で有ったが、真面目さや誠実さ、戦闘に参加することは禁止されていたがそれでも与えられたちいさな任務は確実にこなし、窮地に陥った仲間のひとりを救ったと言うのにけろりとしていたこともある。
 疑うのは止めだと、朗らかに笑んだのは木吉と相田。仕方無しと頷いたのは日向と伊月。有難う、そうやってちいさく笑ったのは、助けられた福田。

 故に彼は今扱いこそお尋ね者のそれではあるが、仲間として認められている。
 火神ものらりくらりとしているくせに変なところが変である、そんな彼のことは嫌いではなかった。

 そんな彼が今回の同行にて要求された対価は、‘彼自身のこと’。各地区防衛軍ではなく、国のことではなく、恐らく知っているのだろうと思われる帝光のことでもなく、誰とも知れぬ彼自身について。
 だったらと火神は思った。
 だったらその時に、彼の名前を聞けるだろうか。

 きっと火神だけでは無く全員が、そんな風にして思っていただろう彼のこと。仲間のこと。柔らかな感情を知ってか知らずか、撤退後の誠凛本拠地にて、彼は盛大な爆弾を投下する。
 曰く。

「あれ、名乗ってませんでしたっけ?僕の名前は黒子テツヤです。今はくらやみを名乗っていて、・・・ああそうだ、確かこうも呼ばれていましたね―――『シーク』」

 自分は革命を起こした張本人である、と。



くらやみシーク



(とりあえずここまで。すみませんでした…!)