赤司くんの指先はまるで慈しむかのような優しさを持って、無機質な数字をなぞった。2012、とカラフルな文字が踊る垂れ幕をみつめる赤司くんのめは、もう戻らない何かを見るまなざしによく似ていた。

 巡ると言うことは。赤司くんは言う。巡ると言うことは、淘汰にも似ているね。
 指の腹で繰り返し、繰り返し数字をなぞっては笑みを深めるそのひとの抱えるものの深さなどおよそぼくが知るところではなかったし、きっと新しい年になったとしても知らないままであるのだろう。

 赤司くんはそんなひとで、ぼくだってそんな奴だった。残念ながらそれだけが事実だ。

「すみません、赤司くん。みんなは騒ぎすぎてもう眠ってしまっているようです、けど。どうしますか?叩き起こして片付けでも手伝わせましょうか」

 年越しパーティーをしようと言い出したのは、やはりと言うか黄瀬くんと、そしてどこから沸いたのだろう高尾くんで。
 部活とか学校とか関係なく気安い者を呼んでも良い、初対面同士ならその場で仲良くなるだろう、そんなコミュニケーション力がとんでもないふたりが暴走したおかげでかなり多彩なひとたちが集まった。

 赤司くんの家に、である。
 黄瀬くんからの恐らくごり押しめいていただろう提案に二つ返事で快諾したらしい。ぼくの予想では適当に返事をしていたらついでにオーケーもしてしまったと言うところだけれど。赤司くんと言うやつは、意外と話を聞かない所のあるひとだから。

「いや、良い。ねむっているのなら、そのままねむらせておきな」
「・・・そうですか?」

 火神くんだけでも起こそうか、思いながら上向けた視線の先ではまた赤司くんが指の腹でていねいに数字をなぞっていて、なんだかそれがあまりにもさまになっていて、掛けようとしていたすべてのことばが空間に漂って霧散した。 そんな風にして呆気なく、なくなってしまうようなことばにしたつもりはなかったと言うのに。

 この空間でだけ、ぼくと赤司くんふたりだけの世界において、赤司くんは確かにかみさまじみて存在している。ぼくのことばを奪い、なくなってしまう何かにおびえては慈しむ、世界のすべてに対してもう何も望んでいないと言うのに博愛主義者でもあるのだろう矛盾のかみさま。きっとひとりぼっちで朽ちてゆくかなしいひと。

 淘汰。
 その音に乗せられた意味のことも、ぼくは知らないのだった。ぼくも赤司くんも、きっとずっと、このままの距離のまま平行線を辿るようにして生きてゆく。

「なあテツヤどうだった、この365日は。一年は。長かったかい、それとも、物凄く短かったのかな。おまえの過ごした今日までの日々は、すべからく素敵な毎日だったかい」

 どう、だっただろうか。思う。

 だって後悔もなく、間違えることもなく、ただ笑っていただけのような日々を素敵と評するのならば、ぼくの一年は幸せなだけの毎日ではなかったのだろう。

 ただ多分ではあるけれど、赤司くんが問うているのは、そして求める返答は、ぼくの主観に基づく答えなのだと。
 ならば、ぼくの毎日とは果たして。果たして、どう、だっただろうか。ありふれていたような気もするし、劇的な変化のあったような気もするし、そのどちらもがあてはまらないような365日であったと言われても反論は出来ない。

「・・・わかり、ません」
「わからない、」
「だってまだ一年は経っていないでしょう。今日は365日目です。そして明日になればまた、1日目と言うカウントが始まる。・・・・・・一体いつ、どこで、毎日と言う奴を評価してやれると言うんですか」
「、はは。それはそうだ。おまえの言うとおりだね。確かにいつ評価してやれるものだろうか」

 赤司くんは繰り返し、繰り返し、数字をなぞっている。そこには何も残っていないのに。もう、終わってしまったものは終わったまま、淘汰されてしまうと言うのに。
 彼は、ずっと。
 すがるような調子で数字をなぞる。または慈しみ、愛でるのだ。

「来年・・・・・・僕は、どうだろうね」

 何がとも言わずに、酷く抽象的な台詞で赤司くんはそう語った。

「そんなの、考えるまでもない。鬼がわらいますよ赤司くん」

 赤司くんはくちびるを震わせた。それだけかと問われればそれだけの、ちいさなちいさな動揺だ。

 きっとぼくも少しだけ、名残惜しく思っていたのだろう。今日限りで終わってしまう、もう目の前に流れることのない名前を持つ一年のことを。
 2012年。
 それとだけ名づけられた限られた区間にはあまりにも、何がどうと言うことも出来ない日々が詰められていたから。

 赤司くんは正しいものがすきだった。何かにつけてぼくに正しい答えを求めてくるような、そんな嗜好のひとだった。それでも僕はもう知っている。正しいことは正しいだけだと、もう、知っているのだ。

「赤司くん、では君の一年はどうだったんですか」
「・・・何、取り立てて言うこともない。変わらず僕は僕のままだったよ」

 そうですかと、ただ、ぼくは応える。きっと赤司くんのことばは正しいのだから、反論するつもりはない。
 でも、たとえばひとこと反論が許されるとすれば。
 きっとぼくは彼に言う。

「それでも君は変わりましたよ、赤司くん。巡ることは変化でもあるのですから」

 来年の彼はどう、だなんて。ぼくも赤司くんもまだ知らないまま。
 テレビから1日目を告げるカウントダウンの声が聞こえるのは、まだ先のことだろう。



2012





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