■ちょっとあれな古→花

2013 05.13 ( Mon )

 笑みは密やかに胸をくすぐる。秘め事語るかのように声をひそめ、身をはんぶん隠しながらにじり寄り、最後の最後に全貌を現してけたたましく笑い声をたてながらそれでも密やかに、笑みだけが胸に響くのだ。
 届き、咲き、さえずりたがるかのように身体を揺する、こどもじみた笑みだ。微笑みにもなりきらない、笑顔ほど完成されていない中途半端にぬるい笑みが、それでも。

 それでもどうしても、手放せないのだ、いつも。爪を食い込ませてすがりついて、無様でもなんでもつなぎとめ、ようとしてしまう。
 触れたい、ともすれば抉りたい、接触への欲求。俯けられがちのくび、黒で飾り立てられた飾り気のない白に焦がれ、模様でもつけるみたいに這う青い血管を辿り、肌の下の骨を思う。すべて知りたかった、それこそすべてが。

 爪を噛む癖があると言う。だったら彼自身に滅茶苦茶にされたその断面図を見てみたい。なんて嘘だよ、ばかにしたみたいにことばがぶつけられれば、語られない本当が聞きたくてたまらなくなる。恋と言うにはあまりにも烏滸がましすぎる、どろどろ鈍い、

 恋だった。

「じゃあこれはキスってか?」

 歯の隙間から晒された、赤く濡れた舌の先端が傾ぐ。おんなの口紅の色みたいな毒々しくてわざとらしい赤にどうしてだろう、背骨を駆け上がるのはぞくりと下腹部が軋むような感情だった。
 花宮は気持ちが悪いと言うだろうか。

 言うだろうな。

 それほどに、快楽じみた感情は爪の先まであますことなく駆け回るのだから。もう我ながら気持ちが悪い、―――それでも構わなかったけれど。

「どうだろう」
「舌を噛む、つうんじゃねえのかよ古橋ィ。あ、いって。まじふざけんな、切れてら。いきなり後頭部鷲掴んで来たと思ったら舌噛み切るとか何事だよ」
「ごめんな花宮」
「んだよ、死んだ目えしやがって」

 しかし、そもそも触れたい勢いのまま進んでみたら花宮の舌を噛み切ってしまったと言うのは恋なのだろうか。花宮の言うとおり、何事かに値するのかもしれない。憎悪とか。
 だとしたら憎悪のまま花宮をころしてしまったとする。おれの腕に抱かれて、奇麗に奇麗に花宮が事切れたとする。

 そうしたらやっぱり剥製だろうか。いやでもホルマリン漬けにすると肌が膨張しそうだし、何だか脱色するイメージがあるから万が一花宮の黒い髪も白くなってしまったら発狂してしまうかもしれない。
 花宮。

 はなみや。

「いや、今もアタマは随分イッてんだろ」
「あれ」
「口に出してた」
「そうか」

 それはいただけないな、としっかりとくちをつぐんだ。だって、だってなんだか少し、恥ずかしい。まさか口に出していたなんてうまく花宮の顔が見れない。心なしか耳も熱い。恥ずかしいな、おれ。
 花宮をころすことはやめにした。やっぱり生きている花宮がいいな、話してくれるしおれを見てる。おれだけ見てくれないのが寂しいところだけど。
 おれだけ見てもらうにはやっぱり監禁が妥当だろう。ああでも閉じ込めるのは可哀想だし、花宮はおれの部屋なんかには似合わないか。花宮の目、は、ふかく黒くて息でも詰まりそうなくらいにうつくしいから潰したりえぐり出したりは避けたい。どうせならぬらぬらとかがやくままで、おれを、見てくれればいいのに。
 何より花宮は傷つけられないし。
 花宮は。

「なあ」
「あん?」
「木吉ころしてこようか」
「あー、警察は面倒だからやめとけ」
「わかった」

 傷つけられない。おれだけ見て欲しい。触れたい。むしろ勢い余ってキス、もとい舌を噛んじゃった。なんてやっぱりこれは恋だった。しかも極めて純朴な片思い。
 ハッピーエンドなんてひとりで迎えられる。

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