■悪役っぽい洛山

2013 05.13 ( Mon )

 その花は赤かった。

 毒々しいほどの真っ赤が瞳を突き、立ち込めるにおいは花独特の青臭さを持っている。ひとまとめにされた花束だとでもよばれそうなこぶりな花の群れをいささか乱雑に机の上に放り出し、撒き散らされる花弁を見なかったことにして無視を決め込む。

 黒い机の上に散らされた、更に濃く暗い赤。美しくもない赤色の紫陽花。寒色ばかり目にしていたが、梅雨に見るこの花はどうやら存外様々な色があるらしい。

「あらどうしたの?綺麗な紫陽花じゃない。へえ、赤なんてあるのね」
「欲しければくれてやる。好きにすればいい」
「・・・・征ちゃん自体もどうしたの、ね。これも誰かからのプレゼントかしら」
「、涼太だ。は、相も変わらず解りづらい嫌がらせをしてくれる」

 奥の椅子に腰掛けていた筈の玲央はいつの間にか机の傍に立っており、伸びるようにして寝こけている小太郎の頭を軽く叩きながら紫陽花に腕を伸ばした。
 掬われていく赤色を追う僕の目を覗き込んでひとつわらった玲央は、浮ついた足取りで紫陽花片手に洗面台に歩いてゆく。途中ぶつかりかけた永吉に向かって毒づくことも忘れずに。

「りょうた、って、あれやんね。まねっこちゃん」
「あー、海常のかー?」
「・・・・そうだよ」

 先ほどまで眠っていたからか解けた声で小太郎はそう言い、永吉は玲央に殴られた脇腹を押さえながらよろりと近寄ってくる。椅子を引いてやれば片手を翻して感謝を表し、永吉は身体を沈めるようにして椅子に腰掛けた。そのままちいさく息を吐き出し、目を閉じる。どうやら眠るつもりらしい。

「さっきの、あじさいっしょ。何で嫌がらせなの?」
「結構ロマンチシズムに溢れる奴でね」

 花弁をいちまい、手にとって弄ぶ。花弁特有の肌触りが指の腹を伝い、あまりの不快さに顔を歪めた。
 その苛立ちのまま床に放る。小太郎が軽やかな笑い声を立てた。

「なあんだよお。あ、あれ?花言葉?」
「ご名答」

 黒々とした瞳を爛々と輝かせ、小太郎が身を乗り出して僕の顔を覗きこんできた。本当に寝起きがいい奴だ、思いつつ、いさめるついでにその額に花弁を貼り付けてやる。途端眉を寄せ、嫌そうに払い落とす小太郎の顔ったらない。
 僕に握りつぶされた花弁がまたいちまい、呆気なく床に転がった。

「移り気、無情、あなたは美しいが冷淡だ――――プラスなイメージを持つことばがないことはないが、そう言ったことばもよく例として挙げられる」
「ふうん、で、その花が赤いと」
「大方、僕に向けられた台詞だろうね。本当に肝心な所の性格が悪い男だ」
「挑発的って言うんじゃねえの?」
「かもね、」

 だが不快だ。言い捨てればやはり軽やかに小太郎はわらう。目を閉じている永吉もゆるりと口角を弛緩させ、ちいさく喉の奥でこもるような音を立てた。

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