※ひとしずく×やま△様の『おおかみは赤ずきんに恋をした』の二次創作作品です。


















暗い森の中に浮かび上がる原色の赤。
不透明であるほど色として映り、濁っているほど認識される。
都合の悪い物事などそもそもこの世に存在しないのです。







「あっ」
少女の手の中で白い花がぷつりと千切れた。
「くすっ、意外と不器用なんだ」
「…お菓子作りなら出来るわ」
悔し紛れに少女は呟く。エプロンの上では白や黄色、ピンクなど色とりどりの花弁(花飾りになれなかった残骸たち)が彼女の膝を極彩色に彩っている。少女の指がもたもたと動くほどに花弁が一枚、また一枚と散り落ちて、真っ白なエプロンは色彩を増していった。
彼はするすると簡単そうに作っていたのにと、少年が編んだきちんと円形に整えられた花輪を見て、少女は唇を尖らせた。
「あなたは器用なのね。……私と違って」
「そんなに拗ねないでよ」
「拗ねてない」
頬を膨らませ、唇をつんと突きだした顔で言ったところで説得力など皆無だ。これでは誰がどう見ても”私は拗ねています”という表情にしか見えないだろう。けれど、そんな子供っぽい仕草も少年には愛らしく映った。溢れる愛おしさに笑みを深めれば少女はさらにふくれていく。
「そんなに笑わないで。失礼だわ」
「ふふ、ごめんってば。ねえ、機嫌をなおしてよ」
「………」
「ね」
少女は拗ねた顔もとびきり可愛いのだが、せっかくの二人きりの時間、どうせなら笑顔でいてほしい。
困ったように微笑めば、少女は顔を林檎のように染め上げた。
「…その顔は反則よ」
「え?なに?」
「なんでも!ねえ、じゃああなたが編み方を教えてよ」
「えっ、まだやるの!?」
「そうよ。いいでしょ?」
これだけ失敗してもまだ諦めないのか、と少し驚く。
こうして話をするようになるまで知らなかったが彼女は結構負けず嫌いだ。こう言っている以上、やり遂げるまで諦めることはないだろう。
(そういうところも好きなんだけどね)
もう何度目になるか分からないことを少年は思った。恋する彼にとっては少女の愚直さも愛しさを募らせる因子でしかなく、勿論少女の頼みを断る理由など彼にはない。
「仰せのままに」
草の上に胡坐をかいたまま胸に手を添えて腰を折り曲げ、上半身だけで大袈裟なおじぎをしてみせれば、少女は満足げに微笑んだ。どんな花よりも明るく可憐な笑み。それは彼のいちばんすきなもの。




「ここはそっちの下をくぐらせて…」
「こう?」
「そう。上手だよ」
少女は少年の言葉を拾いながらたどたどしく花を編む。不器用ながらも一生懸命な姿がまたなんともいじらしくて、愛おしい。
今度こそ花を無残に引き千切らないようにと、硝子細工でも扱うかのような繊細さでゆっくりと時間をかけて編み上げていく指のあどけなさに、ふと身体の内側を擽られるような妙な心地になった。
草花で染まった少女の指が妙に艶っぽく見えて、無性に口に含みたくなる。柔らかなそれに舌を這わせれば花の茎から出てきた苦い汁が舌を痺れさせる。ほんの少し牙をたてれば少女の薄い皮膚は簡単に破けて、傷口からはあかくて、あまい、彼女の――――――――
(……ばかなことを)
頭を振って浮かんだ妄想を打ち消した。
こんなことを考えるなんて馬鹿げている。自分は少女を傷つけたいわけではないのだ。ただ少女の傍にいられればそれだけで幸せで。
胸中で自分に言い聞かせた言葉は少年の心からの思いだった。
ずっと恋焦がれていた少女と視線を、言葉を交わす。たったそれだけのことで少年は本当に、呆れるほどに幸せだったのだ。
(なのに…)
知らぬ間にかいていた掌の汗を着ている服で乱暴に拭う。
一度芽吹いた欲望は霧散しきらず残り火のように彼の心に燻っていた。
温かく満たされた幸福には不似合いな昏い欲。
こんなことを思うのはこれが初めてではない。彼女と同じ時間を過ごす中で襟元から覗く少女の首筋の白さや、柔らかそうな金色の髪から香る甘い匂いに、少年は神経をまるごと奪われたような感覚に何度も陥った。
(この気持ちは僕が君に恋をしているから?それとも…)
この感情の根源はどこにあるのかを考えると、少年の腹がぐるりと鳴った。
慌てて少女に目をやるが、彼女は花を編むことに集中していて何も聞こえていなかったようだった。
少年はひどく安堵し、無意識に溜まった唾液を音を立てないように飲み込む。
それから自分の中に垣間見た影を誤魔化すように目的もなく視線をあちこち彷徨わせた。
「あ…」
目の端に風にそよぐ赤いヒナゲシが留まる。空に向かって真っ直ぐに伸びる茎の上で薄い紙細工のような花弁がひらひら揺れてまるで炎のようだった。
鮮やかに映える赤は彼女がいつも身に着けている色だ。この花もきっと彼女によく似合うだろう。
華奢な花で飾り付けられた彼女を想像し、その愛らしさにそっと笑む。
少年はそっと少女の傍を離れ、見つけたヒナゲシを数本手折り、己の手元に集中したままの少女に呼びかけた。
「ねえ」
「なあに?」
顔を上げて柔らかく問い返す少女の目の前に、摘み取った花を差し出す。
「ほら。この花も使ってよ」
きっと君によく似合うよ。
そう続けようとした言葉は喉の奥に沈んでいった。少年の差し出した花を見て少女が笑顔を消したから。
「どうし…」
「その色はイヤ」
乾いた声が花を拒み、やっとそこで少年は気付く。
少女の膝の上の色彩にたったひとつ仲間外れがいたことを。
彼女の指が意識してその色を選ばなかったことを。
「―――― アカはきらい」
どうして、とは聞かなかった。彼女がそう言った理由はよくわかっていたから。

「きらい」
「きらいなの」
「だいきらい」

少女はむずがる幼子のようにきらい、きらいと繰り返した。少女の頭を覆うのは、少女が嫌う赤い色。ちぐはぐに見えるその姿は、しかしながら一片たりとも矛盾していない。
矛盾を孕むのは感情ではなく少女と少年――ふたりの在り方だったから。

「…それでも」
少女が赤を嫌う理由はよくわかっていた。それとよく似た痛みを自分も覚えている。
それでも、
「僕は赤が好きだよ」
それは君の色だから。

少女は何か言い返そうとして、けれどそれは言葉にならなかった。かわりに静かに目を閉じる。
閉じた瞼の隙間からひどく透明なものが今にも零れそうな気がして、柔い肌を切り裂かないように気を付けながら、指の腹でそうっと少女の頬を撫ぜる。雪みたいに白い肌はあたりまえに温かかった。
「あなたは…」
少女は問う。
「私が怖い?」
いいえ。少年は首を横に振る。
「私を食べたい?」
はい。少年は首を縦に振る。
「なら…」
少女は声を震わせる。
「私を愛している?」
少年はうなずく。
「愛している」
愛している。泣きたいほどに、死にそうなほどに愛している。
僕は君を愛している。


「残酷なのはあなたのほうね」
少女は泣いた。少年はわらった。


ぐるぐる廻る。
場面が変わる。
あかるい花園は遠ざかり、
ここは暗い暗い森の中。

か細い指が頁をめくるほんの僅かな空白の時間でのみ、少年と少女は触れ合う。

「こんにちは、可愛いお嬢さん。これからどこに行くんだい?」
幕間が終われば、芝居は進む。
「こんにちは、おおかみさん。おばあさんの家にお見舞いに行くのよ」
出てくる言葉は空々しいほど棒読みで、こんなものでとおかしくなった。








Intermedio
棒読みでないこの時間


彼と彼女が出遭ってしまった場合。捕食するものとされるものという予定調和の外側で触れ合うふたり。でも予定調和から完全に外れたわけではないから「赤ずきん」のストーリーが進めばそこに待つのは私たちもよく知るあの結末。愛した相手が愛したままの姿で在る限りエンディングは変わらない。変えられない。そんな鏡音に萌えます。


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