※近親鏡音。全体的に仄暗いです。
※リンの独白形式です。レンは名前しか登場しません。
※制限をかけるほどではないと思いますが、性的描写が僅かにあります。ご注意ください。






























きっと生まれながらの欠陥品だったんだ。
私は自分の濡れた指先に目を落として憂いてみせた。

この身体はおぞましい虫(バグ)を潜めている。もう憶えていないほどずっと昔から。
それは脳味噌なのか心臓なのかわからないけど、人が「心」と呼んでいる場所に巣食っていて、決して顕在化はせず、普段はこれといった症状もなく鳴りを潜めている。
発症していないときの私は健康体そのもので、こいつの存在には誰一人として気付かない。
だけどこいつは確かに私の体内に存在していて、私が「ある人物」を認識した時だけ人知れず活動を開始し、私を苦しめる。
症状は時と場合とで様々。例えば一斉に熱を放って私の体温を上げさせたり、脳内で麻薬物質を排出して酩酊感に陥らせたり、何の役にも立たない粘液を分泌させて私の衣服を汚したり、ざわざわと音を立てながら私の心臓を食べていったりするのだ。
こんな風に一度発症するともう手が付けられず、私はこいつの一挙一動に怯えて、或いは悦んで、身体を震わせることしかできなくなる。そして悔しいことに今のところ治療法も対症療法ですらわかっていないのだ。

これが腕とか脚とかある程度代用の利きそうな部位だったらよかったのにと思う。それならそこを虫ごと切り離してしまえば済む話だ。
こんなこと考えるのは本当に腕とか脚とかがなくて悲しんでいる人に対して不謹慎だとも思うけど、五体満足な私はやっぱりそうであったらと思ってしまう。
だって脳味噌も心臓もそれがなくちゃきっと生きていけなくて、もし奇跡とか最新の医療技術とかで命を留めたとしてもそれは「死んでない」ってだけで「鏡音リン」という存在は多分きっとこの世から形を亡くしていて、それってやっぱり一種の死じゃないかと思う。
ああでもそうしたら腕とか脚だって同じことだ。だって腕も脚も私の一部であることに変わりはないから。
例えば左腕を失った私が失う前の私と同じ私である保証なんてどこにもない。
楽器を弾くときもお茶碗を持つ時も左腕は大事だし、片腕になってしまえばレンをぎゅっと抱きしめることはできないし、もう右腕でしかレンと手を繋げなくなってしまう。それはつまり並んで歩くときにレンの左腕しか掴めないということだ。レンの右腕を取りこぼすということだ。
それは困る。非常に困る。だって私はレンの全部が好きだから。右腕も左腕も同じくらいに愛しているから。
それなのに左腕を切り落としちゃったら私はレンの右腕をちゃんと愛することができない私になってしまう。そんなのはごめんだ。そんなの淋しすぎる。私は私の全部でレンの右腕も左腕もその他の場所も全部愛したい。
それができなくなってしまったら私は今自分が認識している「鏡音リン」を大きく損なってしまうことになる。それは紛れもなくひとつの死だ。
そうなるとやっぱり私が「鏡音リン」であるためには、自分を形成するパーツを何一つ手放してはいけないわけで、結局私が私であるためにはあの虫と共存して生きていくしかないんだという結論に至る。
なんかこれってすごく絶望的だ。自分の異常を自覚してからの短くはない年月で何度も繰り返した思考は何度だって同じ結論に辿りつく。
そもそもこんな思考に意味はないのだ。結論の前提に発症のトリガーである人物を置いている時点で矛盾しているし、破綻している。穴だらけ。虫だらけ。
かといってレンは私に一番近しい存在で、もう随分前から私の心の深い所に侵食して、同化してしまっているのでそれこそ切り離すことは不可能だ。



じゃあ、どうすれば?





簡単な話だ。思考を止めればいい。こんなのは自分をより苦しめるだけだもの。

切り離すことはできなくても、気づかないふりならできるでしょ?

苦しむのなら考えなければいい。愛さなければいい。

それがきっと、一番正しい。

最初から愛してはいけなかったんだ。














―――――――――――ざわり















また中で虫が動き出す。
うるさいなあ、そんなに暴れなくたってわかっているってば。
愛さなければなんて、そんな思考こそ意味がない。
結局のところ私は何度も苦しんで、傷ついて、絶望して、削り取られて、
それでも彼を愛さずにはいられないんだ。

変わらない解に何度目かわからない絶望を味わう。ああもう、こんなのってあんまりだ。
やるせなくなって落ちた視線が再び自分の指先に止まる。
そこに纏わりついていた液体はすっかり乾燥して白っぽく貼り付いていて、なんだか一層惨めな気持ちになった。

「レン…」

救いを求めるように隣の部屋で眠る彼の名前を呟く。世界でいちばん大好きな名前。
私の遺伝子を、もしくはあの子の遺伝子を書き換えることができるのならそれが一番手っ取り早いのかもしれないけど、そんなのはこの虫を追い払うよりもよっぽど難しそうだし、私もあの子も今のままのカタチじゃないと意味がないような気がするのでやっぱりこんなのどうしようもなくて。
何をしたって救いは得られず、私は今夜も心臓が食べられる音に目を瞑って耐えるほかないのだ。
旧痾

私たちが今より遠い存在だったなら、これはもっと素敵な名前のものだったのにね。



書いた本人がびっくりするほど暗くなった。でも痛々しいリンちゃんが書けたので私は非常に満足。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -