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「在校生代表、竜ケ崎怜」
「はい」
司会者の台詞に促され、僕は壇上に歩を進めた。規則正しく並んで座る卒業生の中に、いつも通り無表情でいる遙先輩を見つけてひとり、笑った。
国旗と来賓に一礼を、そして、僕を見つめる全ての卒業生を見渡し、深々と頭を下げる。何も書かれていない真白い紙を懐から取り出し、机上に広げた。息を整え、口を開く。
「今日この良き日に、皆さまが晴れて卒業を迎えられましたこと、お慶び申し上げますーーー」
あの人のいない式典で、卒業生に向けての送辞を読み終えた僕は、壇上を降りたあと控えていた先生に体調が悪いと嘘をついて、体育館の外に出た。見上げた空は広く、青く。まるで水の底のよう。すっかり暖かくなってしまった空気を肺一杯に満たし、軽く首を振った。
足の赴くまま、校舎の中へ。正面玄関のすぐ側にある、屋上への階段を軽快に登る。駆け上がり、重たい鉄扉を勢い良く押し開いた。強い風。髪が額に張り付き、視界が一瞬奪われる。
開けた屋上を見渡しても、やっぱりあの人の姿は無かった。落胆などしない。分かっていたことだ。ただその場でゆるりと苦笑し、給水塔の横に座り込む。背を預けて空を仰ぐ。
「今日はお弁当無いんです」
「送辞、聞いていてくれましたか」
「遙先輩と、貴方に向けて精一杯読みました」
「ご卒業おめでとうございます」
「貴方が二度目にいなくなってから、一週間しか経っていない」
「僕はちゃんと前に進めているのでしょうか」
「まだ、分かりませんよね」
「真琴先輩」
「……会いたい、です」
夢のようなことを呟いてみても、結局、夢でしかないままで。寂しくて仕方が無いはずなのに、とても晴れやかな気分だった。届かないということが、こんなにも哀しく、嬉しい。目を閉じるとすぐに思い出せる。貴方が最後に、くれた言葉を。暖かさも、冷たさも、風の匂いも何もかも全て。
全て、僕だけの貴方だった。その事実だけで僕はこれから先、ずっと歩いていけると思った。
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