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真琴先輩は暇さえあれば、フェンスの隙間に指を掛けて、手の届かない場所にある青いプールを眺めている。四角く切り取られた箱の中。最後の大会を終えてしまって冬という季節を迎えたため、水は張られていなかった。
隣に並んで、僕も同じようにプールを眺める。水の無いこの時期のプールはどこか寂しく、色褪せている。
「ここにいて寒くはありませんか」
「そうでもないな。怜こそ、寒いんじゃないのか」
「僕は別に、いいんです」
ぼんやりと遠くを見たままそう言い切った。僕の方を横目で見た真琴先輩は
「風邪引かないように、戻ったらきちんと手洗いうがいした方がいい」
小さな子供に言い聞かせるようなその口調。僕は笑ってしまう。そうでした、あなたはよく渚くんにも同じことを言っていましたね。記憶と寸分違わない真琴先輩の言葉を繰り返し、思い出から掬い上げる。
僕は確かに知っていた。真琴先輩がどんな顔をして、風邪を引かないように、と言うのか。自分の弟妹に言い聞かせるような口調が、どんな甘さを含んでいたか。全て記憶と違わない。紛れもなく、この人は、僕の知る真琴先輩だった。
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