部活を早めに切り上げて、みんなに連れていかれたハルの家で、俺は持ちきれないほどのプレゼントと、多分、一生分よりもっと多いおめでとうを貰った。テーブルの上に並べられていた笹部コーチからだという大きなピザはすぐに全部無くなってしまった。みんなで作ってくれたのだという大きなチョコレートケーキをデザートに切り分け、最後にもう一度、声を揃えたおめでとうを貰って、誕生日会はお開きになった。
後片付けを手伝おうと、座布団から立ち上がった俺のことを渚の手が押しとどめる。首を傾げる俺に向かってにこりと笑う。
「片付けは僕たちでやるから大丈夫だよ」
「いや、手伝うって」
「いいから!それよりマコちゃん、今からお家でまたお誕生日会あるんでしょ?」
「あ、うん。多分」
「じゃあ早く帰らないと!」
さあ立って立って!と急かされて部屋の外へと押し出される。畳の上に散らばったクラッカーのビニールテープや、紙吹雪を踏まないようにしながら諦め悪く振り返る。廊下の先から聞こえてくるのはハルと凛の二人が皿洗いに勤しむ声。まだ少し、ぎこちないけれど、普通に会話をしている様子になんとなく安心する。
小さな身体のどこからそんな力が出てくるのか。不思議なほど強い力で背中を押され玄関にたどり着く。プレゼント入りの紙袋を抱えた怜が後を追いかけてきた。その姿に、ふと、なにか思いついたらしい渚がぱん、と一度手を叩いた。
「怜ちゃん、マコちゃんを家まで送ってあげてよ」
「え?でも俺の家、ここからすぐだし」
「そんなこと言わずにさ!ね、怜ちゃん、いいよね?」
「僕は構いませんが」
「はい!じゃあ決まり!」
何が何だかわからないうちに話はまとまってしまったらしい。玄関で靴を履いた怜から紙袋を受け取ろうとしても、お持ちしますよ、という言葉一つであっさり断られてしまった。
かすかに聞こえるハルと凛の声。紙吹雪とビニールテープを両手に集めて顔を出したコウちゃんと、手を振る渚に見送られて、俺と怜はハルの家をあとにする。ひび割れから雑草の生えた古い石段に足を踏み出す。
送ってもらうとは言っても、ハルの家から俺の家までは本当に、短い距離しかない。そのことを気にしているのだろうか、怜の歩みはゆっくりで、歩調を合わせて並んで歩く。潮の匂いが混ざった空気を頬で受け止めながら、いつもの二倍時間をかけて自宅までの道を進んだ。
「今日は、本当にありがとう」
「喜んでいただけたのなら何よりです」
「あの飾り付けは怜がやったんだって?」
「僕と、凛さんにも手伝ってもらいました。ああ、それと真琴先輩生誕祭の文字は江さんが」
「そっか。……朝から何も言われなかったから、てっきり皆忘れてるのかと思って」
「まさか。渚くんなんて一月前から騒いでいましたよ」
「渚らしいね」
サプライズパーティしよう!と言って瞳をきらきらと輝かせる渚の姿が容易に想像できてしまった。その提案を受けて、ハルやコウちゃんや凛、そして怜がこうして盛大にお祝いしてくれた今日のことは、忘れられない思い出として大切にしていこうと思う。誕生日会の光景をひとつずつ、思い返すだけで心がふわふわあたたかくなった。顔が、自然と緩んでしまう。
ひとりで笑う俺を見て、怜はなにか察したように、嬉しそうな表情を浮かべた。かすかに目元を赤くしてはにかんだ。よかった、という呟きが風に流されて俺の耳に届く。
そうして他愛のない会話を続けるうちに、倍の時間をかけた道のりはあっという間に終わりを告げた。自宅はもう目の前だった。玄関に続く門を前にして、怜が立ち止まったので同じように立ち止まる。持ってもらっていた紙袋が差し出されたので、受け取った。大事に胸元へと抱え込む。
口を噤んだままでいる怜が、じっとこちらを見つめている。多分こうして歩く間、喉元に留めていたのだろう。怜は小さく微笑んで、頑なだった唇を開いた。
「一年先ではありますが、今、予約しておきますね」
「予約?」
「来年も、あなたの誕生日を祝わせてください。できれば、」怜が一度言い淀む。「再来年も、その先もずっと」
そう言った。それはとても、綺麗な響きを伴って俺の心に染み込んだ。きっとこれから増えるのだろう、未来の大切な思い出を巡らせ、胸元に抱えた紙袋をやさしくささやかに抱きしめた。答えはもう決まっていたけれど、俺はまるでその言葉を初めて口にするみたいに、恐る恐る、ありったけの喜びを込めて紡ぐ。怜が晴れやかな笑顔を浮かべた。
「お誕生日おめでとうございます、真琴先輩」