左腕が思い切り掴まれている。渾身の力でしがみついているらしい、真琴はテレビの画面が変わる度に肩を大きく跳ねさせて、ますます掴む手に力を込めた。なるべく隙間をなくそうとして、半ば俺の背中へと抱きつくような体勢になっている。
    そんなにも怯えながら真琴がテレビから目を離さないのは、多分、俺が見ているからだ。映画を見終えてしまったあと、俺から話を振られた時にきちんと答えられるようにだろう。そんなに無理をする必要はないのに、なんて言葉は、真琴がこういう類のものを苦手だと知りながら、DVDを持ち込んだ俺の言えることではなかった。
    部屋の照明はつけたままだ。雰囲気を出すためにも消したかったのだが、涙ながらに断固拒否された。翠の目を潤ませて、お願いハル、と懇願されては拒絶することもできなかった。明るい部屋の中で見るホラー映画はチープになってしまうのではないか。そう思っていたけれど、怖いと評判なだけあって、心配は杞憂に終わった。暗くしなくてちょうど良かったかもしれない、と俺が思うぐらいなのだから、元来ホラーに弱い真琴にしてみればそれこそ死ぬほど恐ろしいことだろう。
    そんな思いをさせてまで、俺は真琴に映画を見せている。わざわざ渚から特別に怖いDVDを借りてきてまで。何故ならば。

「大丈夫か」
「だ、いじょうぶ、じゃ、ない」
「そうか」
「もう、やめようよ。ね、ハル、消そう?」
「今いいところだ」
「ハル!」

    悲痛な真琴の叫び声。画面の中の悲鳴よりよほど臨場感に溢れている。映画は佳境に差し掛かっていて、ブラウン管一杯に幽霊が大映しになると真琴の喉から細く引き攣ったような声にならない悲鳴があがる。ここには俺しか縋るものが無いので、真琴はぐすぐすと鼻を啜りながら俺の背中にしがみついている。大きな体を縮こまらせたその姿は小動物のようで可愛かった。つまり、この真琴を見たいがために、俺はDVDを借りたのだ。
    気を許した幼馴染だからだろうか、真琴はこういうオカルト的な事態に遭遇すると俺の背中にしがみつく。服の裾を遠慮がちに摘まむときは、手を繋いで欲しいとき。額をくっつけてくるときは頭を撫でて欲しいとき。経験上真琴のちょっとした仕草から、何を望んでいるのかを察することができる。そして、真琴がそういう仕草を見せるのは俺だけで。その事実に少しだけ浸る。
    多分、俺は嬉しいのだ。真琴にとってのそういう存在であれることが。だからこうして時折、真琴の頼るべき存在として変化はないか確かめる。苦手なホラーを見せられる、真琴には悪いことをしているとは思うが、その代わりにこうする時は、真琴を思い切り甘やかすことに決めていた。望まれること全てを叶えてやろうと思っていた。

「真琴」

    名前だけ呼んで、手を差し出すとすぐさまぎゅう、と掴まれる。もう片方の手でなだめるように、震える真琴の背を撫でる。後頭部を引き寄せるようにして、胸元へと抱きすくめた。視界が塞がれ、真琴の震えが少し落ち着いたようだった。
    頭頂部にやわらかな口づけ。テレビから響く絶叫に真琴が再び怯えるので、もう必要ないかと思いリモコンで電源をオフにする。音が消えたことに気づいた真琴が、腕の中でもぞもぞと動く。

「映画、は?」
「終わった」
「え、でも」
「目的は、終わった。だからいい」
「目的……?」

    何か聞きたそうな真琴の声を黙殺し、密着した肌から伝わる服越しのあたたかさをしばらく楽しむ。まだ小さく震えている真琴の冷えた指先を、そっと指の腹で丁寧になぞり、自らの体温を移していく。
    冷たさに思わず、喉の奥で笑った。真琴がなにか呟いた。

「あの、ハル」
「なんだ」
「今日、俺、ここに泊まるけど、その」
「…………」
「い、一緒に、寝よう?」
「いつも一緒に寝てるだろ」
「そうだけど!そうじゃなくて!」
「……ああ、分かってる」

    ちゃんと朝まで抱きしめていてやるから。そう告げると、真琴は胸元から視線を持ち上げて、赤くなった目尻をほんの少し緩めた。怖いことがあった日は、必ずそうすると約束したから。かつて二人ともが幼かった頃。真琴が今よりも怖がりだった日に、交わされた大切な俺たちの約束。
    明日の朝、目覚めた時に、きっと真琴が浮かべているのだろう、安堵に満ちたやわらかな寝顔を早く、見たかった。












如月さまからリクエストしていただきました『2人でホラーを観てて怖がる真琴を思いっきり甘やかす遙』になります!
まこちゃんの怖がり設定は大変おいしいですよね!しかもあの背丈で、怖いとハルちゃんにしがみつくとかおいしすぎますよね!!
お化けを怖がるまこちゃんは本当に可愛らしいので、そりゃあハルちゃんも見たくなるよなあ。と考えた結果、意図的にまこちゃんを怖がらせるハルちゃんになりました。
作中で明記はされていないのですが、一応場所はハルちゃんちです。今ふと思ったのですが、ハルちゃんちってプレーヤーあるんですかね?無さそうですよね……(´・ω・`)
あの、あれです。まこちゃんが持ち込んだことにしといてください。
なんだかぐだぐだになってしまいましたが、楽しく書かせていただきました!
如月さま、リクエストありがとうございましたー!!

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