真琴と遙、そして凛の三人が一緒に居るとき、真琴の右隣には遙、左隣には凛が佇むのが定位置となっていた。それは、ひとつしかない焼き菓子を平等に分け合う行為とよく似ている。

「真琴。今度の日曜、買い物に行きたい」
「買い物?分かった、駅前のショッピングセンターでいいかな」
「おい待て。ハル、お前は先週も真琴と出かけただろうが。次は俺だ」
「先週はお前も一緒に来ただろ」
「二人とも落ち着いて。また三人で行こうよ、ね?」

    両横から騒ぎ立てる遙と凛をまあまあと宥め、真琴が困ったように微笑む。その表情に一瞬混ざった、後悔と負い目を綯い交ぜにしたような真琴の不確かで重苦しい吐息。口をついた都合のいい自身の言動を恥じ入って、唇を強く噛んだ真琴を、遙と凛がじっと見つめた。彼らの視線はひどくやわらかい。慈しみが込められていた。仕方のないものを受け入れるごとく、真琴を追い詰めないための配慮と、理性とに満ちていた。
    遙は真琴の右手をとり、凛は左手をしっかりと掴む。恥ずかしげも無く繋いで歩き、驚く真琴を引っ張っていく。少し前を行く彼らの背中を、真琴は眺め、面映そうに笑う。ふたつの背中どちらにも、同じだけの愛おしさを向けていた。





    三人がこうした関係になったのは、暫く前。遙と凛が同時期に、真琴に想いを打ち明けてからだった。同性の、幼馴染への恋心。その、少し歪で美しい想いを。
    返事をしたい、という真琴の言葉で呼び出された遙と凛は、それぞれに対してではなく二人まとめてであることに多少驚きはしたものの、考えてみればむしろその方がいいのかもしれないと思っていた。自分の分からないところで、なにもかもを決められてしまうよりは余程良かった。この場で答えを受け取るのであれば、たとえどちらが選ばれたとしても、安心して真琴を託すことができるだろう、とも。
    二人は互いが真琴に対して同じ感情を抱いていることに薄々ながら勘付いていた。そのために僅かながら牽制のようなものを発していた時期もあった。結局のところ、決着はつかないまま今日この日を迎えてしまったが、悔いなどなかった。胸の内に燻っていた想いを真琴に伝えてしまったことで、清々しさのようなものに身体中が満たされていた。どのような答えが返ってきたとしても、笑顔で飲み込めると思った。
    そういう、なだらかな心持ちで居た遙と凛に、真琴は一人不安げな顔をして泣き出しそうな目を向け、告げる。

「ごめん、ハル、凛。選べない。だって、どっちも大切なんだ」

    喉に詰まった黒々としたものを吐き出すように、その身勝手な言動に心底嫌悪するように、真琴は震え、しゃくり上げながらその言葉を口にした。予想外の答えに、遙と凛は顔を見合わせた。それから、遙も、凛も、お互いの持つ真琴への想いが同じであったように、真っ先に辿り着いた答えもまた同じであると、確信する。
    遙が口端に笑みを浮かべた。凛は小さく鼻を鳴らした。浅ましさを糾弾されることすら覚悟していた真琴は、二人のひどく穏やかな空気に驚き、俯けていた視線を恐る恐る持ち上げる。怯えた真琴に二人は手を伸ばし、半分ずつを抱きしめる。
    今はまだそれでいい。遙の優しい囁きと、凛が背を撫でるあたたかさ。真綿で首を締められるような、居心地の良い息苦しさに真琴は甘え、身を委ねる。そうして、三人は少し歪で美しい、とりあえずの恋人じみた関係を築いた。





    一番好きな人、というものがいくつもあってはいけないのだろうか。真琴はそう、思っていた。取り留めもなくそんなことを考えては、なんて最低なんだろうと自己嫌悪を繰り返した。真琴は自分が遙と凛を縛り付けていることに少なからず罪悪感を抱いている。
    真琴にとって一番好きな人は、間違いなく遙と凛の二人だった。どちらが上でも、下でもなく。かたや長い時間を共に過ごし、家族のように思っている遙。かたや再会してからずっと、かつての絆を取り戻したいと願い続けた凛。どちらも同じだけ大切だった。
    答えを求めていた二人に、そんな優柔不断極まりないことを告げたあの瞬間、真琴は重たい後悔に押しつぶされ、今すぐ消えてしまいたいと思った。だというのに、二人はその答えをいとも簡単に許容し、ひたすら真琴のために待っていると約束してくれた。その優しさがとても嬉しく、同時に耐え難く苦しいと思うのは、真琴のわがままでしかない。

    自分のために都合のいい関係を保つ、負い目に表情を曇らせる真琴に気づいた二人が振り返る。深い藍色と赤色が、真琴が浮かない顔をする理由に思い当たり、薄く笑った。凛はおもむろに手を伸ばし、真琴の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「わっ!な、なに?!」
「なんて顔してんだよ」
「おい、凛」
「別に抜け駆けでも何でもねえだろ、こんぐらい」

    双眸に険を含ませて睨む遙に面倒臭そうな一瞥を向け、凛は漸く真琴の髪から指を離した。緑がかった飴色の髪は元の面影が見当たらないほど、ふわふわと八方に飛び跳ねている。それが気に入らないとでも言いたげな様子で、遙は真琴の飛び跳ねた髪を指先で丁寧に撫でつけた。あんまりにも緩やかな仕草だったので、真琴はくすぐったさに僅かだけ身をよじった。
    どちらともつかない、こんな時間がいつまでも続けばいいだなんて。真琴はひそやかに自嘲する。その身勝手さをあざ笑う。息苦しいのに幸せで、あたたかく滑らかな沼の底に足先から沈んでいくみたいだと思う。いつか、息ができなくなって、そうして。
    真琴が宿す曖昧な笑み。確かに微笑んだ口元と、対照的な翠色の瞳。あの日と同じように遙が囁く。今はまだ、途切れる言葉。

「……ゆっくり考えればいい。ちゃんと、待つ」

    同意を示すように、凛は掴んだままでいた真琴の手を握りしめた。その強さに身を竦める、臆病で自分勝手な真琴を二人は素直に愛しいと思う。真琴のずるさも、弱さもわかった上で、せめて今だけは受け入れてやりたいと思っていた。

「真琴」

    遙と凛の声が重なる。真琴は固く目を閉じる。











しいたけさまからリクエストしていただきました『遙→真琴←凛の三角関係でどちらも選べない優柔不断な真琴』です!
三角関係における閉塞感というか、行き場のない空気を書きたいなと思った結果、こんなお話が完成しました。
まこちゃんが優柔不断である限り、きっとこの三人はどうにもならないのだと思います。
いつか閉塞感に耐えかねて、誰かが関係を捨て去るまでは。ずっとこのまま。
コメディタッチな三角関係とどちらを書くか迷ったのですが、わたしの好みで暗めなお話になりました。楽しんでいただければいいのですが……。
とにもかくにも、しいたけさま。
リクエストありがとうございました!!

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