目を覚ますと、そこに怜はいなかった。
伸ばした指先に触れるシーツは温もりを帯びているけれど、怜がいない。どこにも、いない。
気怠い体を無理やり起こして部屋の中を見回す。床に脱ぎ捨てていたはずの俺の服が綺麗に畳まれて置いてあった。怜の服は見当たらない。じわりと瞳に涙が滲む。
起きるまで傍にいてくれるって言ったのに。嘘つき。
俺との約束を破った怜に精一杯の悪態をつく。体にまとわりついたシーツを握りしめてぐすぐすと鼻をすする。次から次へとあふれる涙を眦からこぼして溶かしていく。寂しくて、寒くて、たまらなかった。
こんな思いをしたくないから怜に約束してもらったのに。やっぱり、昨日のことも何もかも嘘で。あの幸せな気持ちも夢で。与えられた怜の熱も幻だったような気さえした。また、俺は嘘をつかれたんだ。置いていかれてしまったんだ。心臓が重たく冷え込んでいく。
自分の体を抱きしめるようにベッドの上で膝を抱える。気が済むまで泣いてから、顔を洗ってうちに帰ろう。そうして全て無かったことにしてしまえばきっと楽になれる。だって前もそうだったから。
幸い後処理はしてくれたみたいで、肌はべたつかないし腹痛もない。中途半端な怜の優しさが憎らしくて、少しありがたい。
几帳面に畳まれた服を手にとって、軋む体を必死に動かす。乾いたシャツを羽織ったその時、開かないはずの扉が開いた。
「っ起きていたんですか、真琴先輩」
「怜……?なんで、戻ってこないはずじゃ」
呆然とそう呟くと、怜は心外だと言いたげに眉をひそめてメガネを持ち上げる。
「ちょっと買い物に行っていました。喉、乾いているでしょう?」
手にはコンビニのビニール袋。そこから取り出したペットボトルを手渡され、しっかりと抱きしめられる。晒したままでいた肌にシャツ越しの体温が染み込んでいく。耳元にかすかな吐息の感触。
「すぐ戻ってくるつもりでした。あなたはもう少し目覚めないだろうと。……約束を破ってしまいすみません」
後悔に満たされた怜の声。壊れものに触れるような仕草で指先が涙を拭っていった。泣き止まない俺を宥めるみたいに軽い口付けがいくつも落とされる。
「こんなことなら、先輩が目覚めるのを待っていればよかった」
「いい、よ。俺のために買ってきてくれたんだろ」
「ですが、現に先輩をこうして泣かせている」
「いいって。……ちゃんと、戻ってきた、から」
目の前の存在を確かめるために、力一杯抱きついても怜は文句一つ言わなかった。苦しいだろうに、俺の気が済むまで優しく頭を撫でていてくれた。
あの人は俺のいる部屋に二度と戻らなかったけれど、怜はこうして戻ってきた。それだけで十分だった。
寂しさに冷たくひえた体が怜の体温で徐々にあたたまる。指先に感覚が戻ってくる。
忘れかけていた幸せな気持ちを今ははっきりと思い出せた。とても大切なものなのだから、ちゃんとしまっておかなくては。
まだ少し怖いけれど、いつか心から怜のことを信じられるようになったとき、ありふれた気持ちの一つとして埋もれさせてしまえるように。