「あ、それ」
「新商品だって。美味しそうだよね」
瞬きをしたマコちゃんの前で、今日からコンビニに並んだばかりのチョコレートをいくつか頬ばった。ゆっくり噛みしめると口の中に甘さと、それから少しの塩辛さ。沖縄産の塩を使った新感覚チョコレート!という煽り文句で売っていただけあって、今までに食べたことのない不思議な味が広がる。
チョコレートを食べる僕のことをマコちゃんがじっと見つめていた。そりゃそうだよね、だってマコちゃんこれ食べたがってたし。今日の発売をずっと楽しみにしていたんだから。
マコちゃんが帰りにコンビニで買うつもりだったのを知った上で、僕はわざわざ朝早起きしてまでコンビニに寄ってこれを買ってきたのだった。つまり僕にはある思惑があって。
「わあ、美味しい!これ美味しいよ!」
そわそわと落ち着かないマコちゃんにそう言ってにっこり笑いかけると、マコちゃんは唇をきゅうと結んで僕の方から目をそらした。
食べたくて仕方なかったものが目の前にあるのに、自分のものじゃないから目を逸らすしかない。見るからにしょんぼりとしたマコちゃんがなんだか可愛くて喉の奥で笑う。
ひとつちょうだいって言ってくれたら、ひとつでもふたつでもあげるのに。まじめなマコちゃんは絶対にそういうことを言わない。
お兄ちゃんだからかな。不器用なマコちゃんに僕はいつも少しだけ意地悪をしてから、思い切り甘やかしてあげることにしている。今日だってそのつもりでチョコレートを買ってきたのだから。
一口サイズのチョコレートをひとつ摘まんで、顔を背けるマコちゃんの唇に押し付ける。
「口開けて、マコちゃん」
「な、なぎ……むぐ」
「どう?美味しいでしょ?」
もぐもぐと口を動かしたマコちゃんが幸せそうにほおを緩めた。よかった、気に入ってくれたみたい。小さく喉が動いたあと、何か言おうと開いた口にもう一つチョコレートを押し込んだ。口を開こうとするたびに、次々チョコレートを食べさせていく。なんだか餌付けしているみたいで楽しい。
最後のひとつを口元に運ぼうとした僕の手を、マコちゃんの手がしっかり掴んだ。どうしたの?と顔を窺うと申し訳なさそうに首を振る。
「ご、めん。渚のチョコ、ほとんど食べちゃって」
「なんだそんなこと?いいよ、大丈夫」
「でも、もうあと一つしか」
「これはもともとマコちゃんに食べてもらうために買ってきたの!あと、僕がマコちゃんにあーんするため!だからいいの!」
「あ、あーん?」
「そう、あーん!」
えへんと胸を張る僕を見て、マコちゃんがちょっとだけ吹き出す。ありがとう渚、そう言って僕の頭を撫でるから、
「もう!子供扱いしないでよ」
僕は思い切りマコちゃんを引き寄せてその額にキスをする。みるみる顔を赤くしたマコちゃんがせわしなく目を泳がせている。
え、とかあ、とか意味のない言葉を呟くしかできないマコちゃんに、僕は悪戯っ子のような笑みを向けた。
「今度やったらおでこじゃ済まないからね。わかった?」
「わ、わかりました……」
「よろしい。じゃ、口開けて」
素直に開いたマコちゃんの口に最後のチョコレートをふくませる。甘いチョコレートを噛みしめる、今のマコちゃんもきっと甘い味がするんだろうなと思って。
子供扱いされたわけでもないけれど、僕はチョコレートを飲み込んだマコちゃんにそっと触れるだけのキスをした。