やけに可愛らしい電子音が流れた。渚くんが鞄を探り携帯を取り出す。せわしなく親指を動かしているところをみると、どうやら誰かからメールが届いたらしい。
    目にも止まらない素早さで返事を打ち携帯をしまう。その表情がどことなく生ぬるいような感情に占められていて、僕は何の気なしに尋ねた。

「誰からのメールだったんですか」
「え?……怜ちゃん、気になる?」
「気になるというか、君が妙な顔をしているから」
「妙な顔かあ……」

    らしくなく眉間にしわを寄せて渚くんは小さく唸った。どうしようかな、と考えているのが丸わかりな雰囲気だった。人が何かを考えている時邪魔をするのは僕の信条に反していたので、黙ったまま渚くんから何らかの行動を起こすのを待った。
    うんうん言いながら首をひねった渚くんが鞄から再び携帯を取り出す。短くいくつか操作をして、画面を抱え込んだまま僕のことをキッと見つめる。

「怜ちゃん!」
「は、はい。なんですか」
「この間鮫柄学園と合同練習したの覚えてる?」
「そりゃあ、覚えてますとも」
「うん。でね、その時僕、愛ちゃんとメルアド交換したんだ」
「愛ちゃん……あの、気の弱そうな」
「怜ちゃんに水着貸してくれたひとね」

    背の高い者ばかりの鮫柄で一際小さく目を引いていた彼。いつの間にかは分からないが渚くんは彼とメル友になっていたらしい。そして今その話題を出してくるということは、渚くんとメールをしているのは似鳥くんということになるだろう。
    しかし、それならばなぜ渚くんはあんな顔をしていたのか。不審げな表情を浮かべる僕の目の前に、渚くんは携帯を突き出した。視界一杯の画面には受信メールの文面が映し出されている。


From:あいちゃん
Title:今日の松岡センパイ( *`ω´)
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松岡センパイ、今日も一言めには
「ハルがー、ハルはー」
ってげんきです!( ´ ▽ ` )ノ
あ、でも最近二言めは
「真琴がー、真琴はー」
になりました(・ω・)
橘さんが気になるのかな?♪(´ε` )


「こ、これは……」

    言葉を失う僕を見て渚くんが首を振る。驚くのはまだ早いよ怜ちゃん。不吉な言葉のあと、

「これ、実は一週間前のメールで、今日来たのはこっち」


From:あいちゃん
Title:今日の松岡センパイ⊂((・x・))⊃
ーーーーーーーーーーーーーーー
松岡センパイ、とうとう一言めが
「真琴がー、真琴はー」
になりました!(*゚▽゚*)
携帯片手に一時間も橘さんに
電話をかけようか迷ってたりε(´ω`; )

結局掛けられなかったからって
僕にやつあたりするのは
やめて欲しいです!o(`ω´ )o


「どう思う?怜ちゃん」
「どう、と言われましても……進行しているな、というか」

    メールの中に登場する松岡先輩というのは、恐らく鮫柄で目にしたあまり社交的ではなさそうな雰囲気の赤い髪をした男だろう。渚くんや遙先輩、真琴先輩と同じスイミングスクールに通っていたというあの。
    その松岡先輩について定期的に報告が上がってきているということについてもだが、その内容が徐々になんというか、拗らせているというところに言い知れないいたたまれなさを感じる。
    渚くんはきっと同じような感情に耐えかねて僕にこのメールを見せたのだろう。事情を共有する人の存在は時に何よりも救いになり得るものだから。気持ちはわかる。わかるが。

「よくも巻き込んでくれましたね……」
「ごめんね怜ちゃん。だけど僕、これ以上先をひとりで見届ける勇気がなくて」

    てへっと舌を出す渚くんに軽い頭痛を覚えた。知らなければ知らないふりできたというのに、無理やり巻き込まれてしまったことで僕にもなにか降りかかってくるかもしれない。とても嫌な想像だが、ありえることだ。
    指先で額を押さえる僕の、すぐ隣で聞き覚えのある可愛らしい電子音。

「あっ愛ちゃんからメールだ」
「僕には見せなくていいですからね!」

    まあまあそう言わずに、という残酷な渚くんの言葉。
    鼻先に突き出されたメールを目にしてしまった僕は、今後自分がさらされるであろう状況を想像して深く、重苦しいため息をついた。

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