「どうしようハル!!俺、怜のこと好きかもしれない!!」
「そうなのか」
「嘘じゃないから!!」
「別に疑ってない」
「じゃあなんでそんなに反応薄いんだよぉ!!」
「ちゃんと驚いてる。落ち着け真琴」

    いつものように風呂場に飛び込んできた真琴は、いつもよりひどく焦っていた。というよりもむしろ混乱していたと言った方が正しいだろうか。

    風呂桶のへりから身を乗り出して俺の肩をがくがく揺さぶる真琴を宥めすかし居間へと連れていく。ちゃぶ台の前に座らせて待たせ、台所で手早く鯖を焼いた。二人分の湯呑みと一緒に箸と鯖を盆に載せる。

「冷めないうちに食べろ」

    座っていても落ち着かない真琴の前に湯呑みと鯖を並べてやった。真琴用に置いてある緑色の箸を差し出すと、何か言いたげに口元を動かして結局黙って箸を受け取った。
    もそもそと鯖を食べて緑茶をすする。真琴の箸の使い方はいつ見ても綺麗で、骨を取られる焼き鯖もなんだか喜んでいるように見える。
    鯖を載せていた小皿の上に骨しか残らなくなった頃。

「少しは落ち着いたか」
「……うん。ごめん、ハルちゃん」
「ちゃんづけはやめろ。……それで、お前は怜が好きだと」
「まだ、かもしれない、だけど」

    真琴は戸惑うようにそう言ったが、よほどの確信でもない限りこんな冗談みたいなことを口にはしないだろうと思う。ただその確信と向き合い、認められるかが別の話であるだけで。

「なんで好きだと思ったんだ」

    その問いかけが今の真琴にとって追い詰めにも等しいとわかっている。けれど聞かずには何も進まない。話すことで考えが整理されることもあるだろう。真琴自身も最初からそのつもりでここを訪れたはずだ。
    緑茶を含んで言葉を待つ。真琴の妨げにならないように感情を表出すことはしない。それが喜びであれ悲しみであれ、俺の答えを勝手に察して真琴は舌を竦ませるから。
    細く掠れたような声を一言も聞き逃さないよう耳を傾ける。

「最初は気のせいかと思ったんだ」
「ああ」
「でも、気づいたら怜を目で追ってたり、二人だと緊張してうまく話せなくなったり、怜のことを考えるとどきどきして、俺、俺は」

「ーーーー怜が笑ってくれた時、……キスしたい、って、思った」

    途切れそうになる言葉を必死に紡ぎ、真琴は心の裡を懺悔した。祈るように手を握りしめた。どうしよう、と呟いた。まるでそれが自分にとって赦しがたい罪だとでも言うように。
    俺はなだらかに息を吐き、怯えた子供のような顔をして俯く真琴の頭を手のひらでそっと撫でてやった。仕方ないなと言う代わりにぎこちないながら微笑んでみる。

    真琴は嘘をつかない。自分にも、誰に対しても。その誠実さは美徳だけれど時折重荷にもなるだろう。
    自分の想いとしがらみの間で真琴が苦しんでいるのなら、友人としての俺の役目はその枷を外してやることだ。

「恋をするのは悪いことじゃない」
「……俺と怜は男だよ」
「だからといって、お前の想いを咎める権利は誰にもない」

    たとえ、それが普通ではないと囁かれるような想いだったとしても。

「好きでいていいんだ。感情はお前の自由だから」
    
    恋を認めた真琴がきっと、これから誰よりも苦しむだろうことを分かった上で、俺はその苦しみを分かち合ってやりたいと思う。とても大切な幼馴染だから。ずっと一緒に居たのだから。
    真琴の瞳から涙が溢れる。打ち寄せる波のように止まらない雫を、ずっといつまでも拭い続けた。

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