次の授業はグラウンドでサッカー。隣で体操着に着替える怜ちゃんのあらわになった背中に目を見張る。
「えっちょっと、怜ちゃん……」
その怪我どうしたの、と聞こうとしてなんとか、ぎりぎり踏みとどまった。しなやかな筋肉に覆われた背中一面の引っ掻き傷。右側と左側に五本ずつ、計十本。
だってそれって、もしかしなくても。
「さ、昨夜はお楽しみでした、ね?」
「……昨夜ではなく、昨夕ですが」
「そんな情報いらないよ!!」
わあっと抗議の声をあげると怜ちゃんは不満そうに眉をひそめた。君から尋ねてきたんでしょう、そんな風に開き直られたって困る。
両手のひらで顔を覆ってさめざめと泣きまねをしてみせても怜ちゃんは全然気にした様子もなくて、てきぱきと着替えを済ませてしまった。多分近くにいた僕以外、怜ちゃんの背中に広がる傷に気づいた人はいないだろう。みんな友人同士おしゃべりしていてこっちを見ている人はいない。
「それっどうするの?!痛くないの?!」
「はあ……痛みますが、それほどでも。どうするというのが部活のことであれば、今はテスト準備期間中ですので部活動は禁止でしょう。問題ありません」
「それはそうだけど!」
なんかそういう問題じゃない気がする!ひそひそとお互いにしか聞こえないトーンで言葉を交わしてみるけれど、怜ちゃんの答えは結局全部問題ありませんに収束する。
やっぱり怜ちゃんは頭がいい。無駄に。すっかり言いくるめられてしまって僕はぐうの音も出せなくなった。
はあ、深々とため息をついて。
「マコちゃんがよく許してくれたね」
「それはもう。頼んで頼んで頼み込んで、最終的に土下座までしてようやくつけてもらいましたので」
「うわあ……そうなんだ……」
嬉しさを隠そうともしない怜ちゃんの満面の笑みにちょっと引く。友達のよしみでどん引きじゃないだけ僕は優しい方だと思う。
全裸かどうかはわからないけれど、背中に爪を立ててくださいなんて土下座して頼み込む怜ちゃんのことを想像してしまって気分が滅入る。ぶんぶんと頭を振って嫌な想像をかき消した。
そんな僕を見て何をどう勘違いしたのやら。怜ちゃんは自慢げにふふんと鼻を鳴らして赤いメガネを持ち上げる。
「美しいでしょう?今朝は背中を鏡で見すぎて危うく遅刻するところでした」
もう返事すらできない。まだ何か話したそうな怜ちゃんを背後に置き去りにして僕はひとりグラウンドに向かう。返事なんてあってもなくても構わないらしい怜ちゃんが背中の傷の価値について僕だけにご講釈をしてくれている。
グラウンドへの道すがら。まともに聞かず流している中で、ふと疑問が浮かんでしまって。本当に血の迷いとしか言えないのだけれど、僕はまだ喋っている怜ちゃんに浮かんだ疑問をぶつけてしまった。
「怜ちゃんの背中はわかったけど、マコちゃんに跡はつけなかったの?」
「……もし渚くんが真琴先輩の跡を目にするようなことがあったら、僕は渚くんのことを殴らなくてはならなくなる」
「……あはははは」
乾いた笑いを怜ちゃんに返す。見られて困る場所につけたんだね。当然思うだけで口には出さない。
マコちゃんも大変だなあ、僕の呟きは運良く怜ちゃんに届かなかったようで、背後からは実に機嫌のよさそうな鼻歌が聞こえ始めていた。