体調が悪いというほどでもない。ただ、強い日差しに少し辟易してしまっただけだ。
あまり自覚のなかったその感覚を、聡く察した真琴先輩がこちらに駆け寄ってきて。
こつん、と触れ合った額の感触に、心臓が止まりそうになった。
「熱は無いみたいだけど」
でも顔赤いしなあ、と呟いて、離れる真琴先輩を呆然と見つめるしかできなかった。
今しがた行われたその行為に、なんら他意はない、そう分かっていた。
けれど、一度高鳴った心臓はなかなか落ち着きを取り戻さずに、殊更顔に血を送り込んだ。
駄目だ、情け無いにもほどがある。
真琴先輩が心配そうな顔をして、額を近づけたその時に、自分は何と思っただろうか。無意識のうちに右手で顔を覆って表情を隠す。
こんな自分を真琴先輩に見せるわけにはいかないという、それは微かな矜持だったが今は有り難い。
「怜?」
不思議そうに首を傾いだ真琴先輩が伸ばした手を、咄嗟に振り払えば途端傷ついたような表情を浮かべられて、やってしまったと思った。
「ごめん」と小さく泣きそうな声。違う、そんな顔をさせたいわけじゃないんです。
浮かんだ言葉は今しがた、助かったと思ったばかりのくだらない矜持に邪魔をされて、とうとう口につくことはない。
肌に痛い沈黙の、理由さえお互いよく分からないのだ。謝らなければという考えばかりが先だってしまう。
一体、どう切り出せばいいのか。喉から意味の無い呻きを漏らして、それからゆっくりと真琴先輩の腕を掴む。びくり、と大きく震えた身体は一歩後ずさったが、それ以上許してしまわぬように自分もまた一歩を踏み出す。
間に横たわる変わらない距離、固く目を閉じ、開いて真琴先輩の視線を捉える。
「違うんです、先輩」
「……違うって、なにが」
「違うんだ」
それ以外に言葉が見つからない。「違う」ともう一度繰り返せば困ったように眉を下げた真琴先輩もまた「なにが」ともう一度繰り返した。
なにが、違うというのか。
そんなこと分かりきっている。だが。
「キスしてもいいですか」
逡巡の末に吐き出されたのは、簡略化されすぎて意図も何も伝わらない、自身の内の欲だけだった。
告げた後、一気に耳まで赤くしてぱくぱくと口を開閉している真琴先輩に顔を寄せる。
掠めた鼻先と触れる唇。薄く開いた視界の先では益々眉を下げた真琴先輩がぎゅう、と瞼を閉じていた。
細い睫毛が小さく震えた。
額を触れ合わせるために、真琴先輩が近づいたとき、確かに思った。キスしてくれるのだろうかと。
それが紛れも無い期待だったからこそ、額を合わせるという行為に感じたのは気恥ずかしさだけではなく自己嫌悪だったのかもしれない。
伴うふたつの感情は変化して、結局キスがしたいという欲以外の何物でもなくなった。
掴んだ手首が僅かに身じろぎ、真琴先輩が苦しげに眉根を寄せる。そっと唇を離して息を吸い込んだのを確認し、すぐさま再び口付ける。
まだ、足りない。
手のひらで触れた頬の熱さ。短く浅い呼吸が漏れる。
「あなたがそんな顔をするから」
せめて馬鹿みたいに期待した分だけくちづけに費やすことを赦してほしい。