3.
ひと呼吸分の間が空いた。
最初に沈黙を破ったのは、えええー!!という渚の叫び声。一拍遅れて俺も叫ぶ。ハルはぽかんと口を開いて怜のことを見つめている。
「お前は真琴が好きなのか」
「そうです」
「怜ちゃんはマコちゃんのことが好きなの?!」
「だからそうだと言ってます」
やれやれ、とでも言いたげに怜が肩をすくめた。
妙に開き直ったような雰囲気がある。堂々と口にしたことで、むしろ吹っ切れたのかもしれない。
「差し支えなければ、真琴先輩と二人で話がしたいのですが」
「あ、うん!そうだよね!色々勘違いがあったみたいだし!ほらハルちゃん行くよ!」
「ま、待て渚!俺はまだこいつに……!」
「いいから!じゃ、あとは若いお二人でー!」
場にそぐわない台詞と共に、ハルを引きずって渚は部室へと消えた。
残された俺はなんだか支えを失ったような気がしてぺたんとその場に座り込む。怜も同じように俺の目の前に座り込んだ。
同じ高さの視線が交錯する。
「聞いてもいいですか」
「……ダメ、」
「いいえ聞きます。もしかして、先輩は僕が好きなのではないですか」
「……自惚れだ。都合が良すぎると思わないのか」
「思います。ですから、答えが聞きたい。僕の自惚れは間違っていますか。あの時先輩が泣いていたのは、僕があの女子のことを好きなのだと思ったからではないのですか」
「質問が多いよ……!」
「答えはひとつで事足りますよ。首を振るだけでもいい。……できれば肯定してほしい」
まるで逃げ道を塞ぐみたいに怜は瞬きすらしない。
口の中が乾き切っていて、何か言葉を発しようとするたび掠れた息ばかりが口からこぼれ出た。
この後に及んで往生際の悪い自分にほんの少しだけ呆れる。泣きながら走ったあの時にはもう、涙の理由が何なのか、答えなんて分かり切っていたのに。
仕方がないので首を振った。
縦に、一度。念のためもう一度。おまけに一度。
頷くたびに怜の表情がきらきらと輝きを増していく。それがなんだかかわいいなと思って。
「実は、もうひとつ可能性が残っていたんですが」
「可能性?」
「真琴先輩があの女子のことを好きだったという可能性です。意図的に、考えないようにしていましたが」怜がこほんと咳払いをする。「もしそうだったとしたら、僕はとんだ間抜けでした」
よかった、先輩が僕を好きでいてくれて。
はにかんだ笑顔を向けられて鼓動が高鳴るのを感じた。
顔が熱い。思い出すと今更ながら自分の行動が恥ずかしくて仕方ない。勝手に勘違いして号泣した挙句、ハルや渚まで巻き込んで。
脚を抱えて縮こまり、額を膝に押し付けた。いっそ消えてしまいたい。むしろ記憶を消してほしい。いたたまれなくてさっきとは別の意味で泣きそうだ。
「遙先輩と渚くんを呼んできますね」
恥に悶える俺をよそに、怜はすっきりとした顔でそう言った。
「えーっと……丸く収まったんだよね?」
「はい。おかげさまで」
「ご迷惑をお掛けしました……」
部室から戻ってきた渚とハルに深々と頭を下げて謝罪する。
いらない心配をかけてしまったことと、貴重な部活時間をずいぶん無駄にしてしまったこと。
自責の念に深々と苛まれてうなだれる。渚が両手を振り回す。
「気にしないでよ、マコちゃんが笑ってるのが一番だから!ね、ハルちゃん」
「……ああ」
いつもの無表情に戻ったハルが、手を伸ばして俺の目元に触れる。
「……赤い。また、泣いたのか」
「え?ああ、これはさっきのとは別で」
「泣かされたんじゃないんだな?」
「……うん。大丈夫。ありがとう、ハル」
心の底からの笑みを浮かべる。
すぐにそれとはわからないぐらいにハルが表情を緩めた。触れた指が離れていった。
「また泣かされたら俺のところに来てもいい」
「そんなことはありえません」
「……どうだか」
怜の横槍に、ハルが楽しそうに喉を鳴らした。