▽永遠を頂戴、怜真


永遠を信じてみたかった。これから先もずっと、僕と真琴先輩が一緒にいて、笑顔も涙も苦しみも分け合う、そんな未来が続いてゆくのだと、どうしても信じてみたかった。
今、隣にいる真琴先輩の体温を、ついこの間まで知らなかったくせに。欲しいものを一つ手に入れた僕は、新しく二つのものが欲しくなった。欲望には際限がない。叶うたびに増えていく。いつかその重たさに押し潰されてしまう日が来ても、その時泣いていたとしても、苦しんでいたとしても、それから先が何時迄も続くと盲目的に思い込もうとして。僕は、熱い雫を頬に伝わせる。心配したような真琴先輩の声が、閉じた瞼の裏で響いた。
僕の永遠は貴方がくれる。大丈夫、まだ、信じていられる。



2014/03/06 17:43


▽あたたかいはる、遙真


はじめに、吐息が白さを失くした。冷たい風の、肌を刺すような痛みも薄れた。ついこの間まで欠かせなかったマフラーや手袋を、クローゼットの一番小さな引き出しの、手前の方に仕舞って、次の日。瞼を持ち上げて、布団から抜け出たときに、ああ、今日から上着はいらないかな、と思った。そうして思った通りに、俺は、上着を羽織らないで家を出て、ハルとの待ち合わせ場所まで歩く。今日はレポートを書くために、二人で大学の図書館に行く約束だった。
「上着は」
「大丈夫だと思ったんだけど……」
「天気予報見てないのか」
昼から冷えると言っていた。出会い頭、呆れたようなハルの言葉に、罰が悪くてうつむいた。朝は陽が出てあんなに暖かかったのに、空はみるみる雲で覆われて、待ち合わせ場所に着く頃には昨日までのような、冷たい風が服の隙間から入り込んでくるようになった。こんなことなら、やっぱり念のため、上着を持ってくるべきだった。寒さに弱いたちだというのに、暖かさで油断したのだ。
図書館まではまだ距離がある。寒気は容赦ない。薄着というわけではないが、それでもやはり上着なしでは辛い気温。小刻みに身を震わせていると、黙ったままでいたハルが、俺の手を取る。
「早く行くぞ」
呟いてすぐに走り出す。引きずられるように、二人並んで。きっと図書館は暖かいだろう。壁と暖房があるから。
今ここには、壁も暖房も存在しない。けれど、掴まれた手のひらからハルの暖かさが、じわじわと染み込んできた。たったそれだけで、やっぱり上着はいらなかったと思えた。愚かでも。間違っていても。



2014/03/03 18:07


▽俺たちを繋ぐ赤い糸、凛真


凛の小指に赤い糸を巻きつけた。端からほどけてしまわないように、でも、痛くない程度の強さで。そんな俺のことを凛は、いつものように無愛想な表情のままじっと、見つめている。
長い糸を手繰り寄せて、もう片方の端を今度は、自分の小指に巻きつけた。痛みを感じるぐらい強く、がんじがらめにした。凛が、俺の手を掴む。無意識に肩が大きく跳ねた。
震える声を絞り出して
「ただの遊び、だから。すぐほどくよ」
「…………」
取り繕う俺の言葉など聞きもせず、凛は小さく舌打ちをして、自分の小指に巻きついている真っ赤な、髪と同じ色の糸をするする全部、ほどいてしまった。繋がらなくなった糸を見て、眼窩から涙がこみ上げる。鼻を啜った俺の頭を、糸が絡んでいなかった方の手で凛がくしゃりと乱暴に撫ぜた。
「しっかり巻き直せ」
そう言われ、差し出された赤い糸と、凛の小指を呆然と見比べた。不意に視界へと飛び込んだ、俺の赤い糸で縛られた小指は、僅かに見える指先が鬱血して薄青く変わっている。



2014/02/28 18:12


▽愛の重さが愛おしい、未来怜真


怜の家で待っててもいい?という真琴先輩からのメールに、すぐさまもちろん、と返事をした。今日は遅くなりそうなので、先に夕飯も食べていてください。付け加えたその言葉。返ってきたのは、分かった、無理するなよ。なんて聞き分けの良いただ二言。でも多分、真琴先輩は僕の帰りを待つのだろう。僕が心配しないように、分かったとは言うけれど、今まで同じような状況で、一度だって言葉の通りにしていたことはなかった。いつもいつも、僕がどんなに遅くなっても、真琴先輩は僕の帰りをひたすら、一途に、待っていた。その重さを、厭わしいとは思わない。精神的な部分できつく束縛されるのは好きだった。
パソコンの画面に向き直る。こんな事を考えている場合じゃない。早く終わらせて家に帰らなければ。真琴先輩はとても寂しがる、彼の幼い部分がきっと、そうさせるのだろう。自宅の玄関に備え付けられた、外気に晒され壊れかけたインターホンを鳴らし、扉を開いた僕を出迎える、真琴先輩の安心したような美しい表情を、今すぐにでも見たいと思った。


2014/02/27 18:16


▽雨の日の朝、遙真


朝目覚めて吸い込む空気が、少しの湿り気と雨の匂いを含んでいると、それだけで嬉しくなった。雨が好き、そう言うと、水に浸かることが好きな幼馴染は渋い顔をするのだけれど。
幼馴染の家に泊まった翌日、俺は目を覚まして最初に、外へと続く窓を開けた。日の昇りきらない静謐の中で、胸いっぱいに空気を取り込むと確かに雨の匂いがする。湧き上がる喜びを、どうしても聞いてほしくて再び布団の敷かれた居間へと戻った。まだ深く眠る彼に手を伸ばす。
「ハル、ねえ、ハル」
「…………ん」
「今日、雨だよ。多分」
幼馴染の肩が揺れた。億劫そうに身を起こして、顔だけを俺の方へと向ける。瞬く瞼で何度か瞳を隠した後、細くはない彼の両腕が、俺の方に伸びて。
「わっ」
一人用の布団の中に無理矢理、抱き込まれてしまった。もぞもぞと身体を動かして幼馴染の顔を見た。どことなく難しい表情は、きっと、雨だと聞いたからだろう。
「……まだ、眠い」
独り言のように呟いて、俺をしっかり抱きしめたまま再び寝息を立て始めた彼に、寄り添い、俺も目を閉じる。



2014/02/21 18:33


▽ずっと待つよ、渚+真琴


頬に触れた渚の指が、ひどく、熱いような気がして身を竦める。呆れたような、渚の顔。
「冷たいね、まこちゃんのほっぺ」
「そう、かな」
「いつまでここにいるつもりなの」
「…………」
「いつまで、待ってるつもりなの」
ねえ、と、強い口調で投げかけられた問い掛けに、答えを返すことができなかった。俺はただその視線から逃れるため、俯き、唇を噛んでいた。渚が俺のためを思って、迎えに来てくれたのだと、ちゃんと分かっているけれど、でも。
「……ごめんな。本当に、ごめん」
渚の優しさを拒絶する、言葉に息を飲む気配がした。俺はずっと、待っていないと。そうすると決めたから。いつか、あのひとが戻って来たとき、一番に出迎えてあげられるように。最初に笑ってもらえるように。



2014/02/19 18:00


▽帰り道、凛真


ポケットの中の携帯から微弱な振動を感じて、取り出し画面を覗き込む。どうやら、メールが届いているようだった。指先で幾つかの操作、そのあと、表示された文面へと視線を滑らせる。
『お醤油とみりん買ってきて』
はあ、と軽いため息をつき。短い返信をしたためる。
『戸棚』
待つこと、二分か三分もしないうちに、すぐさま再び携帯が震えた。
『あった』
『味噌もさっき買った』
『ごめん。ありがと、凛』
『晩飯なに』
『肉じゃが!早く帰ってきてね』
最後のメールに、返信はしなかった。その代わり、目の前にある扉のチャイムに指を伸ばし、ボタンを押し込む。慌ただしい足音が扉向こうから聞こえてきた。



2014/02/18 18:33


▽願いの重さ、怜←真


目の前にいる俺のことが、憎くて堪らない顔をした怜が俺を罵倒する。貴方のせいで僕達は、なんて、意味のない疑問を繰り返す。そんな言葉が、今更俺に何かを思わせることなどないと、誰よりもわかっているくせに。
「貴方が、僕を好きだなんて言わなければ、僕達はずっとあのままでいられたのに」
「知らないよ。だって、怜、俺はね。大団円なんて望んでないから」
傷だらけになっても、仲間はずれになっても、痛くても苦しくても後戻りできなくても、怜が欲しかった。そのためなら俺の持っている何もかもを差し出しても構わなかった。怜の言う、幸せな未来というやつに、俺が含まれていたとしても、そこにいるのは俺だけじゃない。怜にとっての大切なものが、俺ひとりでないと嫌だった。聞き届けられなかった我儘を、叶えるために、ごめんね、俺は怜の大切なもの、壊すね。



2014/02/17 17:55


▽チョコレート、ダメ、ゼッタイ。怜真


分かる人には分かるだろう、嫌なお話です。タイトルから察してください。
アンハッピーバレンタイン。後味悪いです。

大丈夫そうな方のみ、追記からどうぞ。



追記
2014/02/14 18:15


▽最終回、大会後の怜ちゃん独白


地区大会を終えたその足で、僕は岩鳶高校の屋外プールを訪れていた。少しだけ一人になりたかったのだ。僕の内側で未だ燻る、ほんのひとかけらの悔しさを、消化するために。
かつてスイミングスクールで、お互いがお互いを高め合い、誰よりも自由であった彼等四人が抱き合い、涙を流すあの光景。瞼を閉じると鮮明に蘇る。そこに、僕はいない。
ーーーー仕方がなかった。それでも。
「……泳ぎたかった、僕も」
後悔などしていない。けれど、それでも、僕だってあの舞台で大切な人々と、どこまでも自由でありたかったのだ。その想いだけは捨て去れない。誰に見せることがなくとも。痛みにも似た、甘く柔らかなその想いは、僕だけのものだ。誰にも譲ったりするものか。たとえ、ずっと苦しみ続けて、とうとう自由になることのできた、意地っ張りなあの人が、寄越せと手を伸ばしたとしても。



2014/02/13 18:35


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