▽ポッキーゲームその2、渚真


「マコちゃん、ポッキーゲームしようよ!」
「前もやらなかったっけ」
「前は前!だって今日はポッキーの日だよ!」
「プリッツの日でもあるけど」
「だってマコちゃん、チョコ好きでしょ」
「好きだよ。渚のこと」
「えっ」
「しないの、ポッキーゲーム」
「す、するよ!するけどその前にもう一回言って!」
「ポッキーゲームが終わったらね」



2013/11/11 12:38


▽太陽のようなきみ、渚真


渚が時々、あんまり眩しくて、まっすぐ見られなくなることがある。きちんと両瞼を開き、その笑顔をまともに目にしてしまえば、途端に自分が矮小で、酷く寂しいもののように思えてしまう時がある。渚は当然、俺のそんな、独りよがりで排他的な想いを、ほんの少したりとも知らない。決して知られてはいけないと思っている。
「今度のお休み、どこかに二人で出かけようよ!」
目一杯背伸びして、俺のことを抱きしめながら、そう言う渚の柔らかな猫っ毛に鼻先を埋めて、うん、と頷く。いいよ、どこに出かけようか。俺の吐息がくすぐったいのか、喉を鳴らして笑う渚が、不意に俺の顔を見上げた。透き通った瞳が俺を射抜く。呼吸が乱暴に堰き止められる。首を傾げた渚から、目をそらして、どこに出かけようか。そんな、俺自身にとてもよく似た、つまらない言葉を繰り返す。



2013/11/06 18:02


▽エンゲージリング、凛真


壊れものを扱うような仕草で俺の左手を持ち上げたかと思うと、凛はおもむろに薬指の付け根へと思い切り噛みつき、鋭い歯を容赦無く食い込ませた。痛い、と声を上げるより先、瞬く間に離れた凛は、薄っすらと血の滲む歯型を愛おしそうに唇でなぞり、左手を俺に返してくれた。痛々しい傷口は、まるで小さな鎖のように、強く存在を主張している。
「大事にしろ。治りかけたら、言え」
傲慢な口調で凛は言う。大事に、って、どうすればいいのだろう。絆創膏を貼ってしまったら、きっと見えなくなるだろうし。静かに悩む、俺を余所目に凛は満足そうに笑った。



2013/11/06 18:01


▽嵐の日に、遙真


幼い頃、真琴は雷を怖がって、嵐の日にはよく泣いていた。高校生になった今は、もうそんなことも無くなって久しいけれど、今でもこんな雨の日は真琴の泣き顔を思い出す。涙と洟水で顔中をどろどろにして、そのまま人にしがみつき離れようとせず、俺の服までどろどろにしてくれた真琴のいたいけな泣き顔を。
「……ハル、そんな昔のこと早く忘れてよ」
嵐の夜を俺の家で過ごしていた真琴に、そのことをかいつまんで話すと、真琴は複雑そうな顔をしてそんな風に言った。
「無理だ」
「どうして」
「お前のことは、ずっと、何ひとつ忘れたりしない」
俺は覚えている。初めて出会った日から今日まで、真琴と共にあった全てのことを。真琴がどんなに嫌がっても、忘れてほしいと願っても、変わらない。
外から響く雷鳴を聞いて、今日は泣かないのか、と尋ねれば、何故か目元を赤く染めて、もう泣かないよ、そう呟いた。



2013/10/31 17:55


▽嵐の日に、御子江


遠い雷鳴。透き通った窓硝子を伝い落ちる無数の雫。不明瞭な窓越しの景色を眺める私の、背後に感じるあなたの気配。
「止まないな、雨」
あなたは、雷を怖がる子供にそうするような優しさで、私の手を包み込む。大きな手。広いあたたかさ。振り向くとそこにある、鮮やかで愛しい私の赤。
「……もう少しだけ、止まないでいてほしいです。御子柴さんも、そうでしょう?」
一瞬だけ隠れたあなたの瞳。ささやかに膨らむ私の期待を、見透かしたような色を帯びて、輝く。言葉を食んで、飲み下す。あなたの指が私に触れる。
私たちは止む気配の無い雨を、いつまでも背後に聞いていた。



2013/10/31 17:55


▽まこちゃんの背が羨ましくない怜ちゃん、怜真


目の前で立ち止まった渚が、その場でぴょんぴょん飛び跳ねている。何度も何度も跳ねたあと、やがてはああ、と深いため息をついて上目遣いに俺を見た。
「いいなあ、マコちゃん」
「渚?」
「僕もマコちゃんぐらいおっきくなりたい!!」
ぷくー、と頬を膨らませて、地団駄を踏む渚は突然くるりと振り向くと、そこにいた怜に向かって「怜ちゃんも羨ましいよね!?」なんて同意を求めた。
怜は少し考えて、それからなんでもなさそうに「いいえ、別に」と首を振る。
「僕はこのままで問題ありません。届きますので」
「届く?何が?」
「キスが、です」
至極真面目な顔をして、一足も二足もぶっ飛んだ発言をしでかした怜に、渚が生ぬるい視線を向ける。俺は恥ずかしさに思わず俯き、顔があげられないでいる。
「真琴先輩?どうしましたか」
心配する声に、怜の所為だ、とも言えず黙ったまま俯く俺の頭を、渚が目一杯腕を伸ばして撫でた。人を労わる、優しい手つきだった。



2013/10/29 17:56


▽社会人で同僚な怜真


駆動音と共に開いたエレベーターの扉の向こうには、僕よりも一年早く入社した真琴先輩の姿があった。軽く会釈して、開ボタンを押すと滑るように乗り込んでくる。狭い箱の中で隣に並んだ真琴先輩の顔が、いつもよりほんの少し、疲れているような気がしたから。無意識の内に伸ばした手で、薄く隈の浮かぶ目元を撫でる。
「怜?」
「あまり、無理しないでくださいね」
「……うん。ありがとう」
機械的なベルの音がした。真琴先輩の目的の階についたのだった。扉が開くまでの短い時間で、僕は手のひらを離す代わりに、前よりも幾分長くなった彼の横髪をそっと払った。真琴先輩がエレベーターに残る僕を振り向き、内緒話のように笑う。薄い彼の唇が、音もなく「またね」と動いた。



2013/10/29 17:55


▽はじめてのまえ、怜真


モノトーンのベッドに、真琴先輩の両手をやわらかく縫いとめる。洗いざらしの布地へと沈めるように体重をかける。
どことなく微笑んでいるような、落ち着いた表情をした真琴先輩を真っ直ぐに見つめる、僕は自分の顔が情けなく真っ赤に染まっていることを自覚していた。耳の奥に、忙しなく巡る血流の音が聞こえていた。勢いに任せ、押し倒してしまったけれど。
「ど、どう、しましょうか」
口にしてから、自分でもあんまりだと思う問いかけに、真琴先輩は瞬きを返した。ことん、と首を傾けて、少し緊張したように瞳を震わせ、真琴先輩が言った。
「怜は、どうしたい?」
その仕草があんまり可愛らしかったので、僕は問いかけへの答えを告げる前に、真琴先輩の薄い唇に触れるだけのくちづけを落とした。



2013/10/28 12:26


▽まこちゃんを傷つけた怜ちゃん


「真琴は、本当にお前のことが好きだったんだ」
血を吐くような、遙先輩の言葉が容赦無く胸に突き刺さり、心の一番柔らかな部分を深く、深く抉った。もう二度と取り返しのつかなくなってしまった、真琴先輩の笑顔を思い出そうとして、その資格が既に自身には、欠片も残されていないことに気がつく。僕の言葉に傷つき、悲しみの底へと沈んでしまった、哀れで、弱い、真琴先輩。僕の大切だった人。
僕を糾弾する遙先輩が、苦鳴を飲み込むように慄き、手のひらで顔を覆う。くぐもった声が僕を責め立てる。僕はただ黙ってその断罪を受け容れた。それが僅かでも、僕とは違う意味で真琴先輩を大切に思っていた遙先輩への、罪滅ぼしになるだろうとは、決して信じていなかったけれど。
「俺は、お前を一生許さない。真琴から何もかも奪い去ったお前を、許さない」
「……はい、どうか僕を許さないで」
貴方だけでも。口の中だけで呟いた言葉は、遙先輩に届くはずもない。こんな風になってしまった今でさえ、僕は真琴先輩が必ず僕を許すだろうと、知っている。その事実を、僕の目の前で真琴先輩を慮る、遙先輩にだけは知られたくなかった。信頼と言うには歪すぎる、僕と真琴先輩との排他的な感情は、どうしたって僕達だけのものだった。



2013/10/25 18:00


▽好きでごめんね、怜(→)←真


廊下を曲がった先に、見慣れた怜の背中を見つけて、声をかけようとしたけれど直前で思いとどまった。珍しく一人でいる怜の背中を眺めながら、珍しく一人でいる俺はその後ろを静かについていく。気づくだろうか、それともずっと気づかないだろうか。そんな風に、どきどきしながら歩調を合わせてゆっくりと歩く。
前を行く怜が、階段に続く角を曲がった。すぐさまあとに続いていくと、見えるはずのないブレザーの正面と、赤いネクタイが飛び込んできた。
「うわ」
「僕に何か用ですか、真琴先輩」
「気づいてた?」
「ええ。まあ」
なぜだろう、少し面白くなさそうに、怜はネクタイと同じ色をしたセルフレームのメガネを押し上げる。そんな顔しないで、なんて、絶対に口にしないけれど。
「用は、無いんだ」
「では何故ついてきたんです」
「どうしてだろうね。怜が見えたから、かな」
「はあ」
「……ごめんね」
「別に、謝られるようなことでは」
言葉に潜む冷たさを、恥じるように怜は唇を噛んだ。ごめん、そんな顔をして欲しかった訳じゃないのに。俺はいつまでも謝りたい気持ちを胃袋の底に押し戻し、それじゃあ、と言って踵を返す。怜は何かを言いかけて、結局唇を固く噤んだまま俺の背中に視線だけを突き刺した。



2013/10/24 18:31


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