これはそういうことじゃあないんだよ





※大学生の二人が同棲してる
「お前、これ、やる」
俺が帰ってくるやいなやとぎれとぎれに言ってなかば投げつけるように手渡されたマスタード色のそれとまるっきり不機嫌そうな顔の両方を見て、俺はぱちくりと目を瞬かせた。急になに言ってんだこの人は。
「は……え、なんで?いきなりどしたんスか?」
「やるったらやる。だから、今度からお前がメシ作れ」

とっさの判断でそろりとキッチンの方を見やってしまった俺だが、べつに変な臭いとか真っ黒な煙とかはなかった。代わりに、お世辞にも綺麗とは言えない形のコロッケがそれなりの色に揚げられて湯気を放っていて、ちゃんといびつな切り方の野菜サラダまで準備してある。この様子じゃあご飯も炊けているはずだ。今日は硬めの飯だろうか、それともべっちゃり気味だろうか。
「一緒に住もうってなったとき二人で決めたじゃん、ご飯は青峰っちの担当って。洗濯もお風呂やトイレ含めた家中の掃除もその他もろもろも俺で、青峰っちはゴミ捨てとご飯作りだけでいいんなら俺がご飯作るって自分から言って、そうなったじゃないスか」
「ちげぇだろ!お前が料理はからっきしだってご飯係渋ったってのもあんだろが!」
「そりゃーそうっスけど、でも、とにかく青峰っちだって納得済みでこの分担になったっしょ?今更なんで嫌がんの?」
押しつけられたもの、俺が買ってあげたマスタード色のエプロンをなんとなしに広げて、青峰の怒ってる理由がわからずイラつき気味に眉を顰める。今まで一回もそういうことは言い出さなかったのに。
朝はどっちも食べない習慣だし昼は学食かコンビニとかで調達するから実際作らしてんのは晩メシだけで、俺の方がいつの日も朝は洗濯機回して掃除、帰ってからは洗濯物取りこんでたたんで風呂トイレ掃除、季節の変わり目は衣替えもやってたまにお布団干したりもしてって明らかに負担でかいって目に見えてるし、あのめんどくさがりが役割を交換しようなんて言い出すはずもなかった。
時たま料理が失敗したときなんかは、唇噛みしめて悔しそうに「やっぱ俺、メシ係向いてねぇ」って一応申し訳なさそうに言ったりもしたけど、そのたびに「うまくはねぇけど食えないこともねぇよ」って笑ってちゃーんと全部たいらげてたから、やっぱりこの数年役割は固定のままだった、のに。
「………ばんぐみ」
「は?番組?」
俺を睨みつけるようにしていた青峰からぽつりと飛び出したのが予想外の単語だったため、思わず聞き返す。ガングロの人は料理すると不幸になるとかそんなしょうもない迷信でも流れてたんだろうか。だいじょーぶだいじょーぶ、心配しなくてもこの俺が横にいてやるかぎり不幸になることなんか絶対ないから、つまりアンタは一生不幸せにはなれっこねぇよ、ガングロクロスケ。
「お前、今度、料理番組やるんだろ」
「え、なんで知ってんの?」
これまた予想外の言葉に素で驚いて食い気味に聞いてしまった。
青峰は基本、俺の芸能活動についてまったく興味がなくて、雑誌はスルーだしドラマやバラエティはつけてるから見てるのかと思いきや「お前出てたとか気ぃつかなかったわ」と平気で言ってのける男だ。だいたいがバスケとマイちゃんのためにメディアを使っている。
それだから俺の出演予定だとかを知ってるなんて思いもしなくて、死ぬほどびっくりした。
「……お前の出る番組くらい、一応チェックしてるに決まってんだろ」
ふいと顔をそらして思いっきり眉を顰めた青峰は怒りに少し気恥ずかしさが混じっていて、場違いにも頬が緩んだ。んだよそれ、キョーミねぇとか言いつつちゃんと気にしてたってか。
「…にやけてんじゃねぇよきもちわりー。つか、そうじゃなくて、お前番組で料理作んだろ。世の女性に大人気の黄瀬涼太クンは、今流行りの料理男子なんだろ。……ずっと嘘つきやがって。お前、料理できんじゃねぇか。俺のこと騙して、へたくそな料理おいしいおいしいとか言って、心ん中ではどうせ、俺のこと馬鹿にしてたんだろ」
再び燃え上がった瞳ではたと俺を睨みつける青峰に、ああなるほどと今更理解が追いついた。つまり、あれか。俺が本当は料理そこそこできてその事実を勘の鋭いプロデューサーが聞き出してくれやがったおかげで俺メインの料理番組が始まることになっちゃって、ってそれが立派な裏切り行為であり、自分よりも料理のできる相手にうまくないメシを振舞っていたことがプライドに傷をつけた、と、青峰は感じてるって話か。
はー、と長い息をつく。
「……青峰っちあのさあ、たしかに俺はそこそこ料理できんだけど、んでたぶんアンタより数倍くらいうまいと思うんだけど、それでも俺はアンタの焦げ臭いカレーだとか生焼けのハンバーグだとかの方が食べたいし、俺の料理おいしいって褒められるよりは俺がこれうまいって褒めてアンタが照れくさそうにふーんとかあっそって言うの見る方がよっぽど嬉しいんスよ。言ってる意味わかる?」
「…え、……あ、え…?」
「からっきしだって嘘ついたことなら謝ってやるけど、そのほかで俺が謝ることなんざ一つもねぇよ。…一回も、アンタのこと料理がへただからって馬鹿にしたこと、一回もねぇからな」
これよりもっと、まだ言わすつもり?
真剣に見据えて続けると、完全に虚を突かれて戸惑っていた顔がしゅうっと赤くなった。千切れるほど首を横に振ったあと、無意識なのか右手で心臓のあたりを押さえるなんてかわいいことをやってくれる。
「…じゃあはい、これ、アンタに返す」
「あ……、おう」
広げたままだったエプロンを返してやれば青峰はそれを慌ただしく受け取り、大事そうに握りしめた。ふっと笑う俺の前でいそいそと着直し、少しだけばつの悪そうな顔をする。もう俺は気にしてねぇし、今回はおあいこってことで。つーかお腹すいた。早くアンタのご飯が食べたい。優しく笑って言うと、青峰はようやく表情を緩めて頷いた。コロッケ、あっためるから、もうちょい待ってろ。
ん、と短く返事をして、青峰と共にキッチンに入り食器棚から皿とかコップとかを取り出す。もう一度見たコロッケやサラダはやっぱり一般的な「おいしそう」からは程遠かったけど、馬鹿馬鹿しいフィルター越しにはごちそうに見えんだから相当末期だ。
だいたいそもそも、アンタみてぇな男が恋する乙女かってつっこみたくなるくらい俺の好物と栄養とのバランスに頭悩ませて、得意でもない料理を不器用な手で懸命に俺のために作ってくれてるっていう事実事態に多大なる意味があるんだってこと、最初から気づいてろよアホ峰。




 
べつに料理ができないわけじゃないし、ていうかたぶんきみより上手いけど、これはそういうことじゃあないんだよ(ごめんねママ)

頼花さんより頂きました!



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