記憶が無くなった入間銃兎の話
「入間さん?」
女性の声だ。声を出すことすら出来ずに一つ瞬きをして返事の代わりにする。「今先生を呼んできますね」という言葉を残して、彼女はどこかへ行ってしまった。だからここ、どこなんだよ。
「やあ」
入ってきたのは長身の医者だった。優しげな笑みを浮かべている。まだ声は出なかった。瞬きをする。
「私の言っていることがわかるかな」
ぱちり。
「よかった。そうしたら、色々と説明をしなくてはならないね」
そう言いながら、体温を測ったりなんだりと手元は動かし続けている。手際が良いな、とどこか他人行儀に思った。そして説明とやらを聞いて絶句する。
なんと自分は腹に穴が空いていたらしい。なんでも、犯人を追いかけていたらそうなったんだとか。なんでだ。食い物以外を胃の中に入れる趣味はないんだがなあ。
「一応手術は成功して、今は経過観察中って所かな。ここまででなにか質問はあるかい?」
混乱しすぎて質問も何も無かった。瞬きを二回する。ノー。意味は通じたらしい。「そう、なら、沢山話して疲れたろう。ゆっくりおやすみ」だとかなんとかいって、医者は部屋から出ていった。
瞼を閉じる。──犯人を追いかけるって、なんだ。
ぴ、ぴ、と規則的な機械音だけがこの部屋に満ちている。頭の中が混乱しているのかもしれない。先刻、自分がどれだけ意識がなかったのかも聞いた。確かにあれだけ寝ていたのならば、こうなってもおかしくないだろう。しかし、どういうことだ。
自分は、入間銃兎は、探偵にでもなったのだろうか。