入間銃兎の殺人計画
決行の日だ。相変わらず天気は雨。心做しか昨日よりも弱いくらいのもので、足元を濡らす水たまりは変わらない。
煙草に火を点けようにも、雨に濡れて点く気配がしない。ああ、傘くらい指しても良かったかもな、と思っても後の祭りだ。
俺は今、非常階段にいる。
今どき珍しい外付けの階段で、人気がない。内緒話をするにはもってこいの場所だった。にも関わらずストーカー女はいるが、まあいい。せいぜい通報してくれ。
あとは件の狸爺が来るのを待つだけだった。二重三重の袋に入れたUSBには、真っ黒の情報がぎっしりと詰まっている。
「入間くん」
「これはこれは、お越しいただきありがとうございます」
「なんの用かね全く、わざわざこんな辺鄙なところに呼び出してまで」
「おや、心当たりがあるからこうしていらしているのでは?」
一歩二歩と、少しずつ手すりを掴みながら後ずさる。
「知ってるんですよ。あなたがヤクの元締めと仲良しなこと」
随分と狼狽えている。「虚偽の内容で人を脅迫とは、立派なことだな」まだそんな去勢が張れるのか。
証拠は全部ありますよ。殊更優しい声色で語りかけた。ほうら、この中に全部入ってるんです。元締めの情報に、連絡先に、輸入ルート。あなたのご子息がした事。それに対するあなたの隠蔽に、それこそあと数時間で始まる大きな取引の情報が。全部。
そう言ってUSBを取り出した。袋の中にちんまりと収まっているそれをひらひらと揺らしてやると、それをよこせと鼻息荒く掴みかかってくる。かかった。
その後ろで、すらりと物陰から手が伸びてくる。
「え」
上司のとぼけた声が耳に留まる。今にも俺に掴みかかろうとしていた手はそのままに、大きな足音を立てながらたたらを踏んだ。
どんという衝撃と同時に、嫌になるような浮遊感。それから、頭の中から離れない、あの音が聞こえてきた。
がん、がん、がん。
薄れていく意識の中で思うことはひとつだった。
ああ、ハンバーグ、食べたかったな。
入間銃兎の殺人計画
テレビの雑音が流れていく。甲高い声のアナウンサーが捲し立てるように言った。
「その現場を通行人が目撃し、警察へ通報しました。入間巡査部長が所持していたUSBには、ヨコハマ署幹部による麻薬取引の資料などが保存されていたことから、証拠を隠蔽するために被害者を──」