煢然たるレペティール


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入間銃兎の殺人計画




「いや、こちらも悪かった。銃兎の気持ちも考えず」
「だから謝らないでください」

 祖母の家で一人暮らしをして、家に帰ってきた時に両親がいた。父さんが俺に気付いて、母さんに耳打ちして、声をかけられた。それから中へ入れて、こうして今みたいに向かい合っていたあの時。あの日も雨が降っていた。
 うだるような暑さの中で、部屋の中には微かな雨音と、麦茶に入れた氷の解ける音だけが響いてた。

「しかしそれでは小官の気がすまない」
「だから、謝るのは俺の方だって」
「おいおい銃兎、これじゃまるでいたちごっこだ」

 最初に言葉を発したのは父さんだった。「すまなかった」と、蚊の鳴くような声でぽつりと零した。思わず顔を上げて、父さんを見たら、また口を開いた。「お前が悪いわけじゃないのは分かってる。お前は──を守ろうとしてくれた」違う、違うんだよ父さん。全部俺のせいなんだ。声は出ない。
 ごめんねえ、銃兎ちゃん、ごめんねえ。父さんが謝ってから、母さんはずっと隣で泣いていた。その姿を見て漠然と思った。この人は、この人たちはこんなにも小さかっただろうか。母さんの顔にはしわが随分と増えていた。父さんのあの大きな手はしわくちゃになっていて、血管が浮いている。

「ならよう理鶯。また今度料理作ってくれよ」
「……そうだな、それがいい。どうだろう銃兎、次回は銃兎の体調が万全の時に、また料理を馳走させてくれないか」

 銃兎。
 父さんが真っ直ぐ俺を見た。減らない麦茶が、どんどん薄くなっていく。「お前さえ許してくれるのなら、また一緒に暮らさないか」また、一緒に暮らす? 俺は──を殺したのに? 母さんのほんとうの子どもじゃないのに? 喉元まで出かかった疑問を、どうにか飲み込んで視線を落とした。

「今度は俺、あれが食べてえな。この間のやつ」
「この間というと、エビの生春巻きか?」
「おう。食材もちゃんと揃えっからよ」

 銃兎に辛い思いをさせたことは分かってる。虫が良すぎる話だというのも。でも、けれど。どうしたって銃兎は父さんの、父さんと母さんの子どもなんだよ。
 震える声で父さんは言った。
 そうなの、銃兎ちゃん。銃兎ちゃんのお母さんに、またなれないかな。
 潤んだ瞳で見つめられる。

「……ハンバーグが、食べたいです」
「ハンバーグか。ソースはなにが良い?」
「ケチャップが良いです。それで、ハンバーグに、ごろごろの玉ねぎ沢山入れてください」
「そりゃ良い。美味そうだ」

 あの。出した声は震えていた。「ごめんなさい」一番最初にでてきた言葉はそれだった。全部自分のせいなんです。自分にももっとできることはあったんです。そんなことを口走りながら床に手をついて頭を下げる。銃兎ちゃん、違うよ。銃兎ちゃんのせいじゃないの。母さんの声が頭に降ってきた。
 「でも、それでも、あなた達が許してくれるのなら、また。父さん、母さんって呼んでも良いですか」
 震える声で言った。少し身じろぐ音が聞こえてから、ふわりと背中が温かくなる。もちろんだよと、母が背に抱きついていた。

「それで、蟻とか蜘蛛とか、虫は入れないでくれると嬉しいです。本当に駄目なんです、昔から」
「む……承知した」
「アー、言ってたもんなあ」
「栄養価が高いのだがな」

 今すぐには無理だけれど、直ぐに手続きをして、一緒に暮らせるようにするからね。そうしたら、今までできなかったことを沢山させてくれ。
 泣きじゃくりながら首肯する。じめじめしてるし、暑いのに、触れられるその手は全然不快じゃなかった。

「理鶯、そろそろ行こうぜ」
「そんな時間か。随分と長居してしまったな」

 もうこんな時間か。長くいても迷惑だろうし、ほら、今日はもう帰ろう。ええ、うん。寂しいけれど、銃兎ちゃん。お腹を出して寝ないで、ちゃんとご飯をたべてね。

「銃兎、また都合の良い日を教えてくれ。腕によりをかけよう」
「だとよ、楽しみだなあ銃兎」
「ああ、小官もだ」

 銃兎、大きくなったなあ。
 うん。本当に、格好よくなった。
 一緒に暮らせる日が楽しみだ。

「じゃ、またな」

 じゃあ、またね。


 扉の閉まる音。俺は知ってる。知ってるからこそ、涙が溢れて止まらなかった。
 来ないんだよ、左馬刻。理鶯。
 「また」は、来ないんだ。



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