煢然たるレペティール


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入間銃兎の殺人計画




 ばたん、扉の閉まる音が響いた。車から降りてエントランスへ向かう。
 あれから、両親の命日から一週間になる。要するに左馬刻と理鶯の好意を無為にしてから一週間ということだ。雨は上がらずに、強弱を変えてひたすらに地面を叩きつけていて、異常気象だなんだとメディアが騒がしかった。
 二人とは連絡を取っていなかった。計画の実行は明日に決まり、殺し屋への連絡も、後任のリストアップも全て終わっている。だからせめて直接会えなくとも、声を聞いて、そしてあの日のことを謝りたいと思っていた。

「こんばんは」
「どうも」
「今日は早いんだな」
「ええ、何とか」
「それは良かった」

 たわいのない会話を交わす。この一週間で代理の警備員とは随分話をするようになった。帰国子女なのか分からないが、MTCのことを知らないようだったので、自己紹介がてらたまたま持っていたCDを渡したら随分と驚いていた。今朝の話だ。
 話を聞くに、昨今の日本について本当に何も知らないらしい。シフトに入っている時間も他の人間に比べると圧倒的に長いので、もしかしたらそれを良いことに雇用主に騙されているのではとまで考えた。他人事ながらその身を案じて「体は大事にしてくださいね」というと「大事にしている」と返ってきた。少し会話をして分かったがこの男、随分とマイペースである。

「そういえば先程、CDのジャケットに写っていたあなた以外の二人もここに来た。用事があったのか?」
「え?」

 二人が、ここへ?
 理由が思い浮かばなかった。何か約束だったり、予定だったりがある訳でもない。慌てて携帯と手帳を見る。今日の日付にはなんの印も無くて、真っ白な空白が予定がないことを証明しているし、左馬刻や理鶯からの連絡もない。
 何故二人が来たのかは分からないが、ともかく早く行かなくては、二人が玄関の前で待ちぼうけすることになる。「ありがとうございます」とおざなりに礼を言ってエレベーターへ向かった。
 自宅の前に行けば、見慣れた長身が二つ。こちらの足音に気が付いたのだろう理鶯が振り向いて、左馬刻にも声をかけた。その情景になんだか既視感を覚えて少しばかり顔を傾げる。はて、どこで見たんだったか。
 些か飛んでいた思考は左馬刻の声によって引き戻された。「銃兎」落ち着いた声だ。

「中、入れろ」

 その声からは感情の機微を伺うことは出来なかった。少なくとも目に見えて分かるような不機嫌ではないものの、左馬刻はたまによくわからない所で爆発するため用心が必要になる。やはり、理鶯の料理を残したことに憤っているのだろうか。
 促されるままに扉へ鍵を差し込んだ。普段通りの動きであるはずなのに、どうにも上手く動かせない。平時よりも幾許かの時間をかけて扉を開ける。「ただいま」とつい癖で呟いた。

「銃兎」

 勝手知ったると言わんばかりにずんずんと進んでいく二人を目で追いかける。部屋のフローリングにどっかと座り込む左馬刻が座れと目で促してきた。理鶯は左馬刻の隣に腰を下ろしている。普段饒舌とまではいかなくとも、寡黙ではない理鶯が先程から何も話さない。これは、相当お冠なのではないだろうか。
 蚊の鳴くような声で返事をしながら二人の対面に正座した。またしてもなんだか既視感を覚えたので、はてと心の中で首を傾げる。
 叱られる、と思うと主に浮かんでくるのは祖母のことだ。料理を食べなかったから、また人殺しだなんだと怒鳴られてものを投げられる。ああ、痛かったなあと感慨に浸ることが出来るのは精神的に余裕がある証拠だ。これから左馬刻達に叱られるというのに思考が明後日にずれている時点でまずいのだが、生憎その事に気付く自分はいなかった。

「そのよ」
「はい」
「悪かった」
「……は?」

 鳩が豆鉄砲をくらったよう、というのはこういった際の表現であっているのだろうか。開いた口が塞がらない。何故? 謝るべきは俺であるはずだ。

「アー、その、少し前に理鶯んとこで飯食ったろ。そん時、体調悪そうだったじゃねえか」
「あの時は」
「すまなかった」

 言いたい言葉を言われてしまった。理鶯のつむじが視界に入る。理鶯はつむじが二つあるのか、と他の人間がそうそう知り得ないことを知った。閑話休題。理鶯のつむじのことを考えている場合ではない。
 だからなぜ! こちらが謝るべき案件であるはずだ。今度こそと決意を固めて口を開く。自分の発した「あの」という言葉と、理鶯の口から出た「じゅう」という言葉が被る。俺の名前を呼ぼうとしたのだろう。咳払いをして続きを促した。

「銃兎は、小官の料理を必死に食べてくれていた。それは一重に、こちらを慮ってのことだと思う。だからこそ貴殿にそんな無理をさせたのがどうにも心苦しくて、ずっと謝りたいと思っていた」
「理鶯、違うんです。私の方が謝るべきなんだ」

 だって、せっかく二人の用意してくれた料理を挙句の果てに戻したのだから。それは二人の好意を蹴り飛ばしたのと同じようなことである。

「二人が折角気を遣ってくれたのに、その気持ちを受け止められなかったんです。あなたが謝る必要なんてない。私はとても嬉しくて、だからこそあなたの料理をちゃんと味わえなかったことが悔しくてたまらない」
「銃兎……」

 先程から少しずつ、少しずつ頭の中で警鐘がなっているような気がする。銅鑼のような大きな音でも、それこそお得意のサイレンでもない、鈴の鳴るような、楚々とした涼やかな音。

「理鶯、左馬刻も。先日はすみませんでした」

 頭を下げる。ああ、思い出した。先程からの既視感。デジャビュ。その正体は、両親との最後の会話だった。十一年前の記憶、高校最後の、静かな夏の記憶。



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