煢然たるレペティール


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入間銃兎の殺人計画




「ただいま」

 おかえりという返事はなく、我が家は扉が閉まった音で家主を歓迎するだけだった。待っている人間がいなくとも、こうして挨拶をするのはもう往年からの習慣である。言うだけ言って、靴を脱いで冷蔵庫へ向かった。この間買っておいた酒と食材を持って玄関へ戻る。「行ってきます」扉の閉まる音がした。

 エントランスを歩いていると、ふと、目に付いたものがあった。郵便受けだ。先程まで何も無かったはずだのに、ちらと見ると消印も無い真っ白な封筒が入っていた。急ぎであれば放っておく訳にも行かない、と封筒の封を切って、便箋を広げた。内容を見る。
 がしゃん。どこからか大きな音がした。自分の真下だ。食材と、酒と、そして手紙が落ちた。その事に気付くまでに幾許かかかり、そしてようやっと、手紙の内容を飲み込んだ。な、んだこれは、なんだこれは、なんだこれは!
 書いてあったものは「やっと見つけた」の文字だけだ。そう、それだけだ。けれどその一言からある人物を思い浮かべるのに十分な過去を俺は持っていた。嘘だ、まさか。厭な想像は止まらない。いやだ、やめてくれ。
 心臓がうるさい、ばくばくと大きな音を立てている。息が荒い。何も考えられない、いや、あるものだけは脳裏を過ぎった。やせ細った女。……俺を産んだ、女。あの女はとっくのとうに病院を出て、同じ空の下で暮らしている。そう、野放しにされているのだ、ヤク中だったあの女が、この世の中にいるのだ。だからこの手紙の差出人が、俺の名前を書いた人間が、俺のストーカーをしている人間があの女ではないと、言いきれない。確信が無い。確証が無い。

「大丈夫ですか?」

 反射的にびくついた。勢いよく振り返ると、いつも挨拶をする警備員が訝しげ……というよりかは心配そうな表情を浮かべて立っていた。一気に現実に引き戻される。「すみません、手が滑りました」適当な言い訳を並べて落ちたものを拾った。警備員も一緒になって手を伸ばす。礼を言って、酒類の瓶が割れていないことを確認して息を吐いた。

「暑いですから、ついぼうっとしてしまって」
「そうでしたか、熱中症などにお気を付けくださいね」

 私も暑さに弱くって。そう零しながら帽子のつばに手をやり警備員は去っていった。
 ああ、早く行かなくては。手紙をぐしゃりとにぎりつぶす。心做しか荷物が重くなった気がした。



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