煢然たるレペティール


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入間銃兎の殺人計画




 人を殺そうと思った。
 それはもう随分と前のことだ。紫煙が空に溶け込んでゆく。遠くから汽笛の音と、車のエンジン音、きゃっきゃと元気にはしゃぐ子供たちの声が聞こえてきた。人の気配はこんなにも日常に溢れている。否、人の気配が溢れているからこそ日常なのだ。ふうとおおきく息を吐いて、また煙草に口を付けた。殺す人間も、手筈も、すべて決まっている。

「この人殺し」

 祖母に嫌という程言われた言葉だ。ああ、思い出したくなかった。思い出したく、なかった。少し前に記憶を失って、シンジュクの中央病院で世話になってから、昔のことを思い出す機会が増えてしまった。どうしようもないことであるので、何もしない。流石に記憶の中だとしても、四六時中人殺しだと嘲られるときついものがある。そうだよ。俺は可愛い可愛い妹をこの手で死なせた。否、殺したのだ。だから、俺は人殺しなのだ。
 しかしそれが「そんなに言うなら本気で人殺しになってやるよ」などという化学変化をおこしこの感情の起因になったのかというとそうではない。このクソみたいな世界に、ほんの僅かな、小さな一石を投じてみたくなったのだ。本当にそれだけだ。例えるのなら、夕飯を作るのがちょっと面倒になった時に「あ、そうだ。コンビニで買おう」と思いつくような。いや違うな。処刑の後逆さ吊りにされて、辱めを受けている女性のスカートを直すような、世の中のためになるかも分からない自己満足的なものだ。

「お前聞いてんのか?」
「ああ、はいはい」

 煙草を携帯灰皿に押し付けた。運転席に乗り込んで扉を閉める。隣に座る左馬刻の機嫌はあまり良くない。……無言。景色が流れていく中で、車内に満ちる声はラジオから流れる天気予報士のものだけだ。夕方から降る雨は暫く続くらしい。スーツの管理やその他諸々を考えると億劫だった。

「お前今日ぜってえ食材忘れんなよ」
「わあってるよ」

 あそこで降ろせという左馬刻に合わせてブレーキを踏む。ウインカーを出して路肩へ車を寄せた。ハザードを出す。「じゃ」「おう」短いやり取りをして左馬刻は車から降りた。こちらを見向きもせずに歩いていくその背中は嫌に大きく見える。
 ──俺がいなくなったら、MTCはどうなるだろう。解散だろうか、活動の休止だろうか。……適当な奴をひょいとチームに入れて、名前でも変えて活動をするだろうか。
 それに、左馬刻には組がある、何よりもTDDがある。いくら解散したとはいえ、山田一郎という目の敵にしている奴がいるとはいえ、あいつらの繋がりが切れることはない。理鶯は、理鶯の目的は軍の復活だ。理鶯の帰る場所は軍にもある。俺は警察が帰る場所だとは思えない。決定的な違いだ。
 コンビニに寄ってサンドイッチを手に取った。適当な酒と飲み物を持ってレジへいく。「あざしたぁ」気だるそうな店員の声を背に受けながら外へ出た。夏の日差しは容赦なく降り注ぐ。じわりと体を蝕むその気温に思わず眉を寄せた。

 サンドイッチを食べながらまた車を走らせる。久しぶりに食べたコンビニのサンドイッチはなんとも言えない味がした。徐々にトマトがはみ出ていくそれは美味くもないし不味くもない。
 そうこうしているうちに花屋が見えてきたので、車を停めて中へ入って花を買った。……母が好きだった花だ。また車を走らせる。

 両親が死んでから今日で十一年が経った。
 早いものだと思う。墓を掃除して、花と、適当に買ってきたものを供えるとそれなりに綺麗になった。汗を拭う。仕事柄足を運ぶタイミングがなかなか無く、ここへ来るのが随分と久しぶりになってしまったのだ。他に管理をする人もいないので、俺がやるしかない。

「あ」

 桶を片付けようと手に持てば、手元に赤いてんとう虫がいた。羽を開いて飛んで行ったてんとう虫を目で追いかけると、視界の端に何かが映る。ああまたか、大きな溜息を吐いて墓に向き直る。──俺は今、ストーカーされている。

 その事に気が付いたのは半月ほど前だった。視界の端に同じような体型ヘアスタイルの女がちらちらと映るのだ。否が応でも気付く。
 いまのご時世、ストーカーされている男に対する風当たりは弱くない。ストーカーに関する法律は随分と整備されたが、そのどれもが「被害者が女性である場合」だ。いくら俺のように眉目秀麗だとしてもその法律が適応されることは無い。冗談だ。閑話休題。
 まあ要するに放置している。さすがに帰宅時や左馬刻の事務所、理鶯の野営地などへ行く時は撒くが、何をどうやって調べているのか気になるほどどこにでも現れる。どうしようもないのだ。また溜め息を吐いて時計をみた。もうそろそろ帰らねば、理鶯との約束の時間に遅れてしまう。


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