煢然たるレペティール


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記憶が無くなった入間銃兎の話



 目が覚めた。
 息が荒い。じっとりと汗をかいている感覚が気持ち悪かった。ああ、嫌なことを、思い出したものだ。必死に記憶から消そうとしていたのに、ままならないものである。

「起きたかよ」

 窓際から声がする。部屋の明かりがついていないから姿をしっかりと視認することが出来ないが、おそらくさまときだ。びょうと風が吹いた。窓が空いているのだろう。空気の流れが部屋の中にできていて、その流れに乗って煙草の臭いがした。

「すみません。寝てしまったみたいで」
「寝たっつうよりかは気絶だったけどな」

 足音がする。扉の近くへいったらしい。ぱちりと音がして、部屋の明かりが着いた。
 電気がついたことで、ベッドの脇に置いてあるものの存在に気づく。風呂敷に包まれた四角いなにかだ。なんだろう、これは。

「それ、理鶯からお前に。先生も食っていいって言ってたから、暇な時に食えや。蟻の卵だと」

 普通に食えるぜ、それは。とだけ言い残して、さまときは出ていった。窓から入ってくる風が部屋の中を回る。
 そして悟った。二十九歳の俺は、昔のことを先生にはもちろん、同じチームのヤツらに話していない。話しているのであれば先生は家族の連絡先を聞いてこないだろうし、毒島さんはそんなものを見舞いの品として渡さないし、さまときもそれを勧めない。胃の中がぐるぐるする。口の奥で心做しか酸味を感じた。
 否、もしかしたら十年で俗に言うゲテモノを克服した可能性もある。もしくはチーム内での俺の立ち位置が良くないか。仲が悪く険悪な関係だったところを、記憶がなくなったからとこうしてゲテモノを見舞い品として渡す。先生がチームの内部事情に詳しくなければありえない事でもない。しかし、俺が過去を話す相手だ。相応の信頼関係にあるはずである。まさか調べられたのだろうか。弱みを握られている可能性も浮上してきた。
 なんにせよ、知っているのか知らないのか、知っていたとしたらどこまで知っているのか、調べる──と言うよりかはそれとなく聞き出すといった方が正しいだろう──必要がある。俺が話さないということは何かしら理由があるか、そいつらを信用していないかだ。二十九の俺がどんな性格だかわかったものでは無いが、まあ恐らくクズ人間だろう。知らねえけど。

「どうしたものか」

 電気は点いている。風が少し肌寒い。嗚呼。

「息が、詰まるなあ」

 わざわざ電気を消しに行くのも、窓をしめに行くのも億劫で、布団を頭からかぶって、そして瞼を閉じた。今度、先生にもそれとなく聞いてみよう。


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