教師が質問を投げかけて、手を挙げる。自分がこうも手を挙げ続けていれば、流石にもう教師陣は慣れたらしい。
誰に問うでもなく「柳生」と声をあげて、答えるように促してくる教師もいる。
「こら中村、起きろ」
「あ、ふぁい……」
カツカツと軽快な音を立てながら黒板に公式を書き綴る教師の背中を見る。眠気が襲ってくる訳でもないので、自分もただひたすら板書をノートに書き写していた。
ああ、ページが終わった。
もう少しキリの良いところで終わりたかったが、致し方ない。二三行の余裕を残し、次のページにいくために下敷きを抜いてページを捲った。乾いた音が鼓膜を揺らす。下敷きを挟み込みシャーペンを走らせる。
ここでふと、柳くんとデータノートについて思い出した。
──本当のことを云うと、柳くん自身ノートの内容を全て覚えている訳ではない。次の対戦相手や最近話題に上がっている人のデータを暗記しているだけなのだ。それ故柳くん自体には問題無い。
本当に恐ろしいのは青学の乾くんの方だろう。彼は柳くんに追い付きたいが故にノートの内容全てを暗記するという偉業をやってのけたのだから。
実は先日、必死にノートの内容を覚えようとまるで呪文のように呟き続ける柳くんをたまたま見かけた。まるで黒魔術師のようだ、と思わず笑ってしまったことは秘密だ。
模倣とペルソナ 柳くんとデータノートのことについて考えていたからだろうか。ノートには何故かいきなり「ノート」という単語が書かれている。しまった。消しゴムを取り出した。今使っている消しゴムはなかなかに使い心地が良い。
消しゴムで「ノート」の文字と、ついでに汚くなってしまった気に喰わない箇所を消す。
我ながら綺麗に消したな。自己満足ではあるが、少し嬉しくなった。綺麗であることは良いことだ。そこでふと、あることを思い付く。データノートの内容を、書き換えてしまえば良いじゃないか。
柳くんはノートに書くとき、ペンではなく鉛筆で書いている。消しゴムで消して、柳くんの筆跡に似せた字で別のデータを書けば良いのでは?
急な思いつきであるし、何よりも柳くんが柳生比呂士というキャラクターのデータを更新させ、紳士という肩書きを変更していることはこちらの予想である。
それでも、やらないよりは良いだろう。なんだか、あの件に関しては放っておいては行けない気がするのだ。
大まかなことが決まったのなら、後は計画だけである。まずは柳くんの筆跡について知らなければ。
少しだけ胸が踊ったのは、ここだけの秘密だ。