あの後、結局柳生の家でご馳走になるという予定は丁重にお断りした。
心底残念そうな表情を浮かべている柳生に、矢張り先程×しておけば良かった。そんな思考が頭を過ぎる。
きっとこれからも柳生はこうしてのらりくらりと躱しながら脅してくるのだろう。
自分が「そういう」人種であることをばらしたくないのか。同種なのだし、別に良いのではないか。
ぐるぐると、不平不満の言葉を頭の中で繰り返す。ああ、あいつの考えていることがわからない。
オリジナルの紅茶。試飲……ということはまだ作ったことが無いということで良いのだろう。それに、庭に咲いているらしい夏水仙。
──これを、入れるつもりだったのだろう。
確か夏水仙はヒガンバナ科に属している筈だ。ということは毒もある。確かリコリン、か。
角さ嘔吐、痙攣の症状に見舞われるその植物を、摂取量によっては死に至るその花を。否。毒を盛るつもりなのだろう。
気付いて良かった! 気付かなければそのまま毒を盛られて死んでいたかもしれないのだ。我ながら頭の回転が速い人間で良かったと思う。まだ先が長いこの人生、棒に振るつもりは毛頭ない。
しかし、矢張りそうか。
一息吐いて手で髪をくしゃりと掴む。少しだけ乱れた髪を手櫛で軽く梳かしながらまた腕を脱力させた。
「……恐ろしいな」
あいつは仮面の下で、一体何を思っているのか。何を考えているのか。全く持ってわからなかった。性格、表情、果てには思考まで。あいつのそれは全て作られたものだった。他人から求められ、求められたままの人間になる。聞く人によっては八方美人というかもしれないが実際に見てみると、恐ろしい程に違和感が無い。
「では。先に行っていますね。」
そう云って笑った柳生の笑顔は、驚く程綺麗で、精巧で、人工的で。そして何より──不気味だった。
終