「……明確な殺意を感じたのですけれど。」
「殺意を込めて絞めたからな。」
そう云って彼──柳くん──は、ふ、と微笑んだ。つい先程迄私の首を絞めていたとは思えない程、爽やかな笑みである。
ああ、虫酸が走る。
「何故、私は貴方に殺されなければならないのですか。」
にっこりと笑みを湛えながら柳くんに問うてみれば、彼は何故そんな、至極単純なことを問うのか意味がわからない、とでも云う様に首を傾げた。
勘弁してくれ。意味がわからないのはこっちの方である。
「まさか王者立海大附属の三強の一人である柳蓮二が殺人未遂だなんて。貴方に少なからず好意を寄せている人が聞いたらどうなるのでしょうね。」
あからさまに溜め息を吐いて腕を組む。
昔の試合に関するデータを探していたらいきなり首を絞められたのだ。端から見ればこちらは完全に被害者である。この対応では物足りない位だ。
かといってこの状況で、柳くんを悪者に仕立て上げても、逆にこちらが疑われる可能性だってあり得る……ってそんなことあるわけないか。
だがしかしこれはまずい。今までこんなことありもしなかったのだ。対策なんてものは頭の中に無いし、ましてや頭が混乱している状況で最善の打開策が出てくることは自分の特性上あり得ない。
さてどうしたものか。
暫くの間、柳くんとの睨み合いが続く。しかしいつみても思うが、彼はきちんと視界を確保できているのだろうか。
いけないいけない。また思考が逸れてしまった。
頭の中で試行錯誤を繰り返しながらこの状況での打開策を考える。ちらりと柳くんを見遣れば、彼はいつもの通り何を考えているのかわからないような表情をしていた。
模倣とペルソナ「……柳生。」
柳くんの声が耳に留まる。改めて名前を呼ぶ、ということが何を意味するのか。
「お前は俺のノートを書き直そうとしていた。違うか?」
思わず目を見開いた。しまった。この状況でそんな表情を浮かべてしまったらはいそうですよと肯定しているようなものだ。なんて馬鹿なことをしたんだ。自分。
そう考えながら、「そんなことしようとする訳無いじゃないですか」と、否定の言葉を口にすれば、柳くんはニヒルな笑みを浮かべた。
「おや? 違うのか。そうか。柳生は俺と同じ人種だと思っていたんだがな」
あからさまな溜め息を吐いて、ちらりとこちらに視線を向ける。こんな時だけ目を開きやがって。という台詞はどうにかして抑え込んだ。
「同じ、人種? 確かに、合理主義であるかとは思いますが、」
顎に手を沿え、考える素振りを見せる。
柳くんの云いたいことは、十二分にわかっている。だって、彼の云う通り、きっと、多分。同じ人種なのだから。
どうやら自分は軽く呆れられているらしい。手を額に添え、思い切り溜め息を吐かれた。
「……貫くのか、知らぬ存ぜぬで。」
視線が搗ち合う。嗚呼、頭が良いなあ。紳士という人格を造っていることを、彼は良く理解している。理解していて、それでいて暴こうとしているのだ。否、正確には曝そうとしている、の方が正しいかもしれない。
「……サイコパス」
そうぽつりと呟けば、柳くんはあからさまに目を見開いた。そんなに開けられるのならいつも開けていれば良いものを。そう心の中で悪態をつきながら、柳くんの方を見遣る。
目があったことを確認して、更に更に笑みを深くした。